映画評 スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ🇺🇸

MCUシリーズの『スパイダーマン』第4作。前作から4年後を舞台に、人々の記憶から消えたピーター・パーカー(スパイダーマン)の新たな戦いを描く。
愛する人たちを守るため、全世界の人々から自分の存在の記憶を抹消する道を選んだピーター・パーカー。彼はスパイダーマンとして犯罪と戦い、街の人々を守ることに全力を尽くす日々を過ごしていた。しかし人々のスパイダーマンへの期待が高まるにつれ、プレッシャーに襲われ、身体的変異を引き起こしてしまう。時を同じくして、街では不可解な犯罪が頻発し、かつてない脅威がスパイダーマンに迫る。
「ロボトミー手術は救いにはならない」という『スパイダーマン:NWH』の問題点を自己批評を試みたストーリー展開が素晴らしい。ピーターに宿る蜘蛛の潜在能力が覚醒することで能力の自制が効かなくなり、人格すらも変わりかけながらも、重要なのは反強制的に抑える治療ではなく、付き合い方であると学んだのは一定の評価には値する。
とはいえ本作の上映時間2時間25分は必要以上に長く、途中テンポ感が停滞したように見える。本作は三つの進行軸で展開されていく。① ピーター・パーカーの肉体的な異変と過剰な力 ② NY及びD.O.D.Cを襲う謎の敵との闘い ③ かつての友人であるMJとネッドへの未練 絡み合っているように見え、微妙に絡み合っていない。
どれか一つ削れば良いという単純な問題でもない。それぞれに絶妙な問題点が孕んでいるからだ。まず、ピーターが異変に襲われなくても、「ロボトミー手術は救いにはならない」という解は導き可能だ。無邪気にも『スパイダーマン:NWH』での成功体験をトレースしてからの反省の流れの方がシャープに成立する。また、謎の敵(ジーン)が過去に経験した経緯や背景に想いを馳せる理解力がピーターにあるなら尚更だ。
ジーンがMJに接触するシーンは良かった。ピーターの心を弄び、まだ覚えているのではないかという淡い期待を打ち砕き、ピーターの大事な人が脅威に襲われる緊迫感と緊張感を演出できている。しかし、中盤の展開以降はスパイダーマンとジーンの闘いに集約されていくため、MJ及びネッドは、本作における必要不可欠なキャラではなくなり、無理にねじ込まれた感は否めない。
MCUの他の作品を観ていないとついていけない問題は今作も健在で、特にドラマシリーズ『デアデビル』の鑑賞はほぼマスト。またハルクの出演の意味はあったのか疑問。そしてX-MENシリーズへの系譜及びMCU合流を目的としているのは明らか。登場キャラ一つとっても散らかりすぎているように見えてしまった。
