【空想教室】或る日の雑貨店🌿営業日誌
3月〇日 晴れ🌞
朝、店の扉を開けると、
まだ少し冷たい空気の中に、
やわらかな光が混じっていた。
カレンダーを見ると、もうすぐホワイトデー。
大きく盛り上がるイベントではないけれど、
誰かの「ありがとう」が、静かに行き交う日。
今日も、雑貨店ベルガモットの一日が始まる。
午前|きちんとした距離感の香り
午前中、スーツ姿の男性が
少しだけ緊張した様子で入ってきた。
50代くらいだろうか。
「部下にもらったチョコのお返しを
探していて…」
そう言って、棚の前で立ち止まる。
甘すぎず、重すぎず。
仕事の延長線上にあるような、
ちょうどいい距離感を
探しているようだった。
いくつか香りを試したあと、
彼が選んだのはベルガモットと
シダーウッドのブレンド。
爽やかな柑橘の明るさに、
木の落ち着きがほんのり重なる香り。
きちんと感がありながら、
肩の力が抜けている。
「これなら、気を遣わせませんよね」
そう言って、少し照れたように笑った。
白い包みを手にしたその姿は、
義務というより、
ちゃんと受け取ったよ、という
合図のようにも見えた。
午後|言葉の代わりになる香り
午後になると、店の空気が少しやわらぐ。
今度は、30代くらいの男性が入ってきた。
「妻へのプレゼントなんですけど…」
そう言いながら、どこか落ち着かない様子。
ホワイトデーという言葉を口にしつつも、
それだけではない気持ちが、
表情の端々ににじんでいた。
「言葉にするの、苦手で」
香りを選びながら、
ぽつりとこぼれたその一言。
彼が選んだのは、
ラベンダーとマンダリン。
やわらかな花の香りに、
ほんのり甘い柑橘が重なる。
特別な日だけでなく、
日常にそっと溶け込む香りだった。
包みを受け取る手が、
少しだけ軽くなったように見えた。
夕方|春の気配をまとった贈り物
夕方、店に差し込む光が
オレンジ色に変わる頃。
女子大生らしき女性が、
軽い足取りで入ってきた。
「親友へのお返しなんです」
相手の顔を思い浮かべるように、
香りをひとつひとつ確かめていく。
迷いはあるけれど、重さはない。
“この人には、これだと思う”
そんな直感を大切にしている様子だった。
選ばれたのは、ネロリの香り。
花と柑橘が重なり合う、
透明感のあるやさしさ。
「これ、あの子っぽいんです」
そう言って笑う姿に、
これから始まる季節が、
少し先取りされた気がした。
気がつけば、日が傾いている。
今日の雑貨店には、
それぞれの立場、それぞれの想いが、
静かに行き交っていた。
もう傍まで聞こえている、
春の足音とともに。
心がふっと温まる、そんな一日だった。
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