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半世紀前のポピュリスト候補者『むささび荘の冬』(引用部:1,600文字)

昨年夏の都知事選挙は大混乱でしたね。過去最多の56人が立候補し、その中にはオチャラケ候補者も混じっており、実現可能性の乏しい ── いや、無い ── 公約を掲げる候補もいました。
例えば、所得税、消費税をはじめとする全ての税金を廃止する、と公約した候補もいました。

このドタバタ報道に想い出したのは、半世紀前のとある選挙 ── 学生自治会の役員選挙でしたが ── オチャラケ選挙運動とトンデモ公約;当時、深ーく感銘を受けたのでした。

誤解があるといけないので言っておきますが、プロ政治家を選ぶ場合のオチャラケ候補やトンデモ公約には、昔も今も大反対です。でも、その頃キャンパスにおける自治会役員選挙は閉塞状況にあり、組織票を持たず徒手空拳で立候補した二人が巻き起こした旋風はとても新鮮でした。

そのエピソードを含む1年間は、フィクションも織り交ぜて物語となっています。
以下の冒頭シーン(第1章 春)は今回の引用部分との連続性はありませんので、飛ばしてください:

 選挙運動シーンが、小説『むささび荘の四季』の1場面になっているので、そのまま掲載します。
(以下引用部:1,600文字)


『むささび荘の四季 第4章 冬』より

(注1:ふたりの候補者名は仮名としました)
(注2:〃Uらら〃は主人公・谷口が詞を書いていた友人山崎の学生バンド)

**********

「今、駒場じゃ面白い事になってるぞ」
 山崎が電話をかけてきたのは、十二月に入ったばかりの事だった。

「なんだ? また内ゲバか?」
「いや、自治会選挙だよ」
「自治会って、毎年民青と革マルが立候補者を立てて、常に民青が圧勝するんだろ?」
「今年は違うんだ。民青系の全学連選対と革マル系選対が例年の如く委員長と書記長を立てているのに加えて、〃ことぶき選対〃というのが立石寿太郎という一年生を委員長候補に、それから〃実相哲学選対〃というのが丸山相哲という、やっぱり一年生を副委員長候補に推し立てているんだ。毎年革マル相手には圧勝する民青なんだが、今年はやりにくいみたいだぞ」

 丁度〃Uらら〃に詞を届けるついでのあった僕は、駒場に出かけてみる事にした。正門で待ち合わせた山崎の傍らに麻紀の姿があった。
「谷口君、二週間ぶりかしら、ね」
 麻紀はしっとりとした目で僕を見た。駒場祭二日目の朝にむささび荘を送り出してから、彼女とは一度も連絡をとっていなかった。

 ことぶき選対と実相哲学選対の選挙用タテカンは構内の随所で見ることができた。その前には常に人だかりができていた。彼らの公約が極めて斬新かつ奇抜なものだったからである。

 ことぶき選対は、画期的にバカバカしい、『キャンパス地下鉄建設計画』をぶちあげていた。それは、井の頭線駒場東大前駅と時計台、学生課とを直線でつなぐ『中央線』と、駒場寮を起点として山手線のようにぐるりとキャンパスの輪郭を結ぶ『環状線』、そして環状線体育館前駅から駒場商店街に出て、あづま荘、駒場クラブ、連雀荘、と主だった雀荘じゃんそうを駅に順に辿って行く『麻雀線』から成っている。

 その横では、実相哲学選対が、
『さて、立石寿太郎と丸山相哲は、民青相手に果たして何票取れるでしょう?』
 という、『投票ゲーム』を行っていた。日頃は自治会選挙など政治的な事柄には無関心の学生たちが、群がって投票していた。

(天才だ!)

 僕は身体が震えた。これまで糞真面目に粛々と行われてきた選挙をここまで茶化すことができるとは、只者ではない。何だか、目から鱗が落ちたような気がした。
(そうか、何でもありなんだ。大衆に受けさえすりゃいいんだ。何をやってもいいんだ!)

「こいつはすごいな」
「ああ。立石寿太郎は銀杏並木で歌唄ったりして、まさにタレント候補路線だ。ことぶきの地下鉄計画と張り合って、丸山相哲は『一年三百六十五日毎日が学園祭計画』というのを発表している」
「そりゃ、人気出るはずだな」
「だろ? ところが、ほら」
 山崎は手にしていた東京大学新聞を広げて見せた。そこには、〃二選対の一騎打ち〃との見出しがあった。
「『民青系の全学連選対とノンセクト系の後援会選対の一騎打ちになる公算が大きい』とあって、革マルもことぶきも実相哲学も完璧に無視されている」
「いかにも官報らしいな。しかし、これは中々の物だぜ」
「ああ。民青も最初はことぶき・実相哲学コンビを泡沫候補として相手にしていなかったんだが、次第に高まる、誰の目にも明らかなその人気を無視することができなくなってきた。そこで、今週からは『アンチおふざけキャンペーン』を始めたんだ」
「何だ、それ?」
「つまり、ことぶき選対、実相哲学選対は、一般学生の目を政治からお茶らけに逸らそうとする反動分子の陰謀だ、と言うんだ」
「はあ? ―― 面白い冗談だな」
「ああ、冗談ならな」

 そんな事を話しながら銀杏並木を歩いていて、ふと気付いた。麻紀は山崎でなく、僕の側に寄り添って歩いていた。僕は山崎を見た。彼は何も認識していないように装っていた。麻紀は僕の傍らで、けれど僕の顔を見てはいなかった。

 銀杏の木々は寒風に身をよじり、最後に残った何十枚かの葉を振り落とそうとしていた。



世の中には『オフザケ』を嫌う人もいます。このエピソードに ── あるいはそれを紹介する私に ── 嫌悪感を抱く方もいることでしょう。
ただ、この体験は、「小説を書きたい」と考えていた若者が、コメディ系のエンタメ創作に目を向ける契機のひとつになりました。

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