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全部、影響されてた。

先日、明菜ちゃんのことを書いてから、頭の中の音楽がずっと「中森明菜」なので、いっそのこと書いてしまおうと思う。


思い出は、アルバムとともに。

『FIXER』
2014年12月に音楽活動を再開してから初めてリリースされた、通算24枚目のスタジオ・アルバム。

CDではなく、スマホで初めて聴いたアルバム。
イヤホンで耳にしたときの一曲目の衝撃は忘れられない。
このアルバムは、全体を通して、イヤホンからの耳を通じて全身に響く音が印象的。
ラテンの感じのせい?
これは、私の聴き方がたまたまスピーカーを通していないからだけかもしれないが、音が近い感覚がして、ずっと心地よく聴いていられた。

二曲目、「Rojo-Tierra-」は、紅白歌合戦で歌われた曲。
いまいち?とか思っていたのに、紅白でたった一回聴いただけで、ずっとメロディが残り続けた。
この間のMステでの新曲もそうだったが、なぜか明菜ちゃんは初めて聴く曲でも、しっかり私の記憶に残してくれる。

『CRIMSON』
1986年発表。通算10枚目にあたるスタジオ・アルバム。

小林明子と竹内まりやから五曲ずつ提供されたアルバム。
明菜ちゃんが、自分の部屋にいるような設定で、生活音と鼻歌から始まり、カセットの中から流れてくる曲がだんだんアルバムの中の曲となっていくというすごく彼女を近くに感じられる工夫がなされている。
この中の竹内まりやの楽曲すべてがセルフカバーされており、特に「駅」「OH NO,OH YES!」は、それぞれに人気曲なので、そっちの方が有名かもしれないが、私は断然このアルバム推しである。


『Cross My Palm』
1987年。N.Yで録音された全曲英語詞の外国人作家提供による通算11枚目となるスタジオ・アルバム。

全編英語。
どんな歌を歌っているのかを知りたくて、辞典を引きながら、英訳をしようと試みたが、なんだか非常に大人っぽい歌詞であることに気づき、途中でやめた思い出。
大好きなシングル曲「BLONDE」の原曲が収録されている。


UNBALANCE+BALANCE
1993年。前作からおよそ4年2か月ぶりのリリースとなった15枚目のスタジオ・アルバム。

歌姫伝説 〜90's BEST〜
2008年リリースのベスト・アルバム。

待ちに待ったアルバムだったけど、結構聴く人を選ぶなあと感じたものだった。
好きなアルバムかといわれたら、実は微妙なんだけど、敢えて。
あの「愛撫」はここに入っている。

でも、この曲の入った1990年代の楽曲を中心としたベスト・アルバム『歌姫伝説』は、かなり聴きこんだ。
ベストなので、さすがにどれも甲乙つけがたいが、中でも「月華」が、ひと際好きである。


D404ME
1985年。8枚目のスタジオ・アルバム。

何よりも、私が最も好きなアルバムはこれ。
バイブルといっても過言ではないほど、もう全曲好き。
今でも、頭の中に流れる明菜曲はこのアルバムからがいちばん多い。



ご存じの通り、中森明菜デビューの年は、他にもアイドルたちが豊作の年。
その前後も多くのアイドルスターが登場している。
雑誌はもちろん、テレビでも、多くのアイドルたちが歌番組、バラエティ番組、ドラマ、そしてワイドショーをにぎわせていた。
多くのアイドル歌手たちがいた中で、明らかに出す曲、出す曲ヒットを飛ばす女性といえば、聖子ちゃんと明菜ちゃん。
当時、売れてたアイドルは他にももちろんいるけど、代表曲は?と聞かれて、何曲も挙げられる人は、あとはキョンキョンくらいだろう。
聖子ちゃんに代表される、いわゆる“ぶりっこ”と呼ばれるアイドル像が多い中で、なんとなく違うオーラをまとっていたのが明菜ちゃんだった。
もっとも、初期はどちらかというと「シブがき隊」にうつつを抜かしていたので、ファンかと聞かれるとそこまでではなかった。

ところが、刺さった曲がある。

「サザン・ウインド」
言わずと知れた玉置浩二作曲。

これ以降、私は中森明菜のとりこになっていく。
「十戒(1984)」「飾りじゃないのよ涙は」、そして「ミ・アモーレ」・・・。

「ミ・アモーレ」は、先のアルバム「D404ME」に収録されている。

次の「SAND BEIGE-砂漠へ-」の時の衣装がとても好きで、このあたりから、私もイラストを描きながら、服のデザインを楽しむようになる。
小学生雑誌の中のファッションデザインコンテストなどに応募するようになったのもこの頃。
当時いた、たくさんのアイドルたちをモチーフに衣装の絵を描いた。
さらに、「D404ME」の楽曲タイトルを元に、物語を作ったり、漫画を描いたりもしていた。
明菜ちゃんが出してくる曲やファッションが、私の創作の意欲となった。
小学生のこんな頃から、このあと何年も何年も、ひたすら机に向かって、何かを書いていたものだ。

最近のインタビューで、提供された曲に対しての向き合い方や歌唱方法、衣装、振り付けのアイディアの話をされていた。
自己プロデュースが出来るアイドル。
これが、やはり中森明菜の魅力の強さだったと、改めて思った。

全部、影響されてた。

当時は、ただ「好き」だった。
でもこうして振り返ると、私が好きになる色や服、言葉や物語の作り方まで、ずいぶん明菜ちゃんから受け取ってきた気がする。

「好き」は、知らないうちに人を育てる。

私にとって中森明菜は、そんな存在だった。



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