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『孤独と不安のレッスン』 読書共有【第25弾】

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はじめに

今回は鴻上尚史『孤独と不安のレッスン』(大和書房、2006年)からの共有です。

本書は、現代人が抱える孤独と不安について切り込んで論じつつ、それらを乗り越えるための具体的な考え方を提示したものです。

今回のメインは不安についての共有のみに限定しますが、本書全体はとても読み易い内容になっており、タイトルから一見生じがちな不穏な空気感は微塵も感じられない前向きな内容になっています。

孤独や不安に悩んでいる人、自分の感情や思考と向き合いたい人、「生きづらさ」を感じている人、人間関係に悩んでいる人に、特にオススメの一冊となっています。


本書の主なポイント

◇「本物の孤独」と「ニセモノの孤独」
孤独は決して悪いものではなく、「本物の孤独」を受け入れることが大切。一人でいるという孤独が苦しいのではなく、「一人はみじめだ」という思い込みが苦しさを生む(ニセモノの孤独)。 本物の孤独は、自分と深く対話する時間となり、成長の機会となる。

◇不安との付き合い方
日常において「トラブル」は対処できるものであるが、「不安」は形がないからこそ対処しづらい。不安は「悩む」ことで増幅されるが、「考える」ことで整理され、行動によって和らげることができる。

◇他者との関係性
「他人」と「他者」は区別され、「他者」とどのように向き合うかが成熟の鍵。 「何も言わなくてもわかってくれる人」(他人)を求めるのではなく、「言葉を尽くして関係を築くべき存在」(他者)が大切。

◇生きるためのヒント
孤独や不安を乗り越えるためには具体的な行動が重要。例えば不安の場合、「つらくなったら誰かにおみやげをあげる」と自分へのこだわりが軽減し、不安にフォーカスしなくなってくる。


「不安」と「トラブル」の違い

私たちは、人間である限り様々な不安に日々向き合っているかと思いますが、それは人生という大きな問題であったり、日々の生活であったり、仕事であったり、人間関係であったりと、人によって様々であろうと思います。確たる対象のある不安から、芥川龍之介がかつて言った「ぼんやりした不安」のように、これといった対象のない不安、あるいは不安障害といった文脈など、実に様々な不安の相があるように見えます。

上記の不安の諸相に対して、著者が全てを網羅的に論じ尽くしているかは検討の余地があるかと思いますが、それでも以下のような示唆に富む観点は特筆に値するでしょう。

著者によれば、「不安」と「トラブル」には違いがあり、トラブルの場合は問題が具体的であるのに対して、不安の場合は「じつは、やることはありません」と言われるように、それに対する即興的な解決は見出されません。

この場合の不安は、むしろ自分自身の想像や憶測でいたずらに大きく膨れ上がっていく類のものだと言えます。見方によっては、不安自体を消すことはできなくてもコントロールはできる類のものであると、肯定的に考えることもできるでしょう。

本書では、上記の「不安は、自分にこだわればこだわるほど、大きくなる」ものであり、そして「ただ、不安に苦しむ人は、みんな、「自分の世界」だけで苦しみがち」であり、その結果「不安は成長する」と指摘されています。自分で不安を大きくし、それに苦しんでいる現代人の諸相がここで浮かび上がってきます。


「与えること」で「不安」を和らげる

そこで著者が提案するのが、「とにかく、自分にこだわることを減らす」ことに他なりません。その具体的なアクションとして挙げられているのが、不安を感じて「つらくなったら、だれかに何かをあげる」というものです。「つらくてたまらなくなったり、不安でいてもたってもいられなくなったりしたら、誰かに何かをあげることを考えましょう」。

ただ、これは物に限らない広範な射程をもったアイディアであり、著者はそれを「おみやげ」として構想し、「物でもいいし、お話でもいいし、僕はそれを「おみやげ」と呼んでいます」と言い、「笑顔でも、おみやげになります」とさえ言っています。こうなると、サービス業全般にも関わる壮大な話にもなり、色々な場面で応用がきくアイディアになると思われます。

こうした著者の考え方には、実は次のような戦略があります。「誰かに何をあげようと考えるだけで、あなたは不安にフォーカスすることを自然にやめることができます」。これによって「自分にこだわることを減らす」ことができ、脱自己中心化が図られるということでしょう。

このように考えれば、不安こそが他者に自分を開いていく要素だとも考えることができ、他者なしでは存在し得ない人間の存在論的状況を照らし出す観点の発見にも繋がると思います。

これまでにも、成功哲学の界隈では「与えること」が成功や幸福に繋がることが説かれてきましたが、本書においては特に不安の克服において「与えること」の重要性が指摘されています。不安の中で「自分にこだわることを減らす」脱自己中心化を通して、他者との本来的な繋がりの大切さに気づくということが、ここでは特に重要な考え方だと言えるでしょう。

なお、下記は私が大学院生の時に執筆した「不安」に関する哲学論文です。私が過去に研究していたカール・ヤスパースの実存哲学から考察しております。ご関心がある方は是非ご覧くださいませ。

https://kansai-rinri.org/studies/43/fujita.pdf


自分自身の例

私自身、自分はお客様に何を「おみやげ」としてお渡しできているのかを日々自問自答し行動していくことで、人生のパフォーマンスを下げてしまう不安を払拭しつつ、自己中心性からの脱却が少しでも実現できるような試みを続けています。

私が日々実践している「おみやげ」、つまり「与えること」の内容としては、思いつく限り以下のものを挙げることができます。

◇非言語的メッセージ
(アイコンタクト、笑顔、うなずき、声のトーンなど)
◇知識や情報
(ボディメイクの知識、読書で得た知識、経験知など)
◇スキルや技術
(トレーニングや食事法の教授、筋トレの補助など)
◇ユーモア
(笑いの健康効果、別視点から現実を見る方法など)
◇承認や感謝
(理解、共感、寄り添い、気遣い、言葉がけなど)
◇時間
(傾聴する、人助けをする、一緒にいるなど)
◇チャンスやきっかけ
(人の紹介、商品の紹介、イベント参加の機会提供など)
◇物
(手紙、プレゼント、必要な資料など)

上記のように、「与えること」は形のある「物」以外にも多岐にわたりますが、「自分にできることは何か?」「相手が求めているものは何か?」といった視点で考えると、自然と「与えること」を自分軸で考え実践できるようになると思われます。

まずは自分から与える姿勢を持つことで、信頼関係の構築はじめ人間関係を深めることができ、結果的に自分も「与えられる」ようになるでしょう。

ここでもう一度本書の主張に立ち返るならば、不安を悪く感じる必要などはなく、むしろ不安があるからこそ自己中心性からの脱却が促され、最終的には「与える」という利他的な行動によって不安を克服することができる点が何としてでも重要です。

私自身は不安を感じたら、もっと他者のために働こう、もっと他者のために生きようと最近強く思えるようになり、自分の生き方を孤独や不安の中で見直す機会を大切にしています。

今では、以前ほどには自分のことをあまり考えなくなり、また関心も持てなくなり、物欲もなくなりました。さらに、メンタルが明らかに強くなった気がします。

前回の読書共有にも書いた通り、自らのうちにあるエゴや生活環境の不要物を取り払い、シンプルな生活の中で本当に大切なものを見極めてそれに集中することができた時、「人を喜ばせること」や「最高のもてなし」といった「与えること」の精神を通して、目の前の人間関係を充実させることができるでしょう。

おそらくこうした充実した人間関係の中でこそ、「生きがい」や「働きがい」といったことが真実味を帯びて実感されるに違いないと私は考えています。


おわりに

今回も最後までお読みいただきまして誠にありがとうございます。
日々少しずつ閲覧数やリアクション数、フォロワー数も増えてきて嬉しい限りです。今後も最低週1回の更新を目指して頑張ってまいります。

あえて本の要約といったことはメインとせず、私なりの観点から面白いと思った箇所の共有という限定的な内容にしております。それが少しでも皆様の記憶に残り、日々の読書体験の深まりや具体的な行動・実践に繋がるのであれば幸いでございます。 

それでは今後とも宜しくお願い申し上げます。


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