そんなことより ”私” が選ぶの
「あの人、性格悪いらしいよ。言い方にもトゲがあって、いじめられて病んじゃった人いるんだって。」
私が、最近聞いた話ね。
聞いたからには、どうしたって「そうなんだー。」って思考になるよね。
そのあと、「 本当にそういう人だったら嫌だなー。」とも思ってしまう。
そのあと実際にさ、その人と会う機会があったんだけど、全くそんなことなかったんよ。
ただの噂話だったんだわ。
私なりに、何故そんな噂話が出来上がったのか考えてみたの。
・ きちんと考えを伝えてくれる
・ 言い回しが少し下手
・ 話し方が堅め
きちんと考えを伝えてくれる
文字通りなら、いいことよ。
ただ、捉える人によっては、バシッとまともな話をしてくるから、ストレート過ぎて少し強くも感じてしまうんだろうね。
ただ、この人の場合、意見だけじゃないのよ。
「 僕はこう思うんだけど、どう思いますか?」
+α で、こちらの意見も聞いてくれる。
その上で、より良い方法を考えて提案してくれるわけ。
私からしたら、話し合いの場を設けてくれて、相手を尊重できる人なんだと感じたんだよね。
言い回しが下手
これは、もったいないと感じた大きいポイント。
さらには、話を聞いてくれるという良いところを下げてしまっている要因にもなってしまっている。
性格的なものもあると思うし、言い回しの引き出しが少ないんだろう。
伝わるんだけど、要所要所で 「ん?」 と相手に不安や怒りを与えてしまう。
結果、話の頭からお尻までが誤解でまとめられて、なんか嫌な人って印象になりやすいと感じたんだよね。
例えば、「いいじゃないですか!まぁ、僕だったらこういう風にしますけどねぇ。」とか。
共感してくれているけど、少しモチベーションが下げる一言が付いてしまっていたりさ。
私には、ネコパンチくらい可愛いものだ。
だから、不器用さんという印象。
話し方が堅め
聞き取りやすい音量、スピードできちんと話している。 ただ、言い切りの言葉が強く感じられてしまうんだなと。
あとはね、話すときに表情がないことも影響しているように思ったわ。
「やっておいてください。」とピシッと言われるのと、「やっておいてください☺️」と笑顔で言われるのとでは、言い切りの言葉だとしても、受け取り方が変わるものね。
***
実際、病んでしまった方からしたら、怖い、取っ付きにくいと感じ取られてしまって、結果噂話となって私にたどり着いたんだろう。
まあ、これは私が聞いた噂と自分の印象だけの話。
こうして書くことさえも、その人を知らないあなたにとっては ” 噂 ” の一部になるわけだ。
病んでしまった方の話と私の話を聞いたら、どっちが本当?ってわからんくない?
噂ってさ、その対象の人だけが1人歩きしてるのよ。 あっちこっち、ふわりふわりとね。
それが、思考の全く異なる人の元へ勝手に流れて、発した人の主観・受けた人の想像で構成され繰り広げられていくの。
今回のようにマイナスの噂であれば、どうしたって悪が前提で話を進められるわけだからたまったもんじゃない。
噂は空気みたいに、形無く音となって伝わっていくから、本人に否定する場も与えられる間もなく、知らないところで噂としての人物像が伝染していく。
噂話なんて、はじめてのことじゃないけどさ。
なんだか怖いと思ったよ。
誰が、なんと言おうと私は私!
で貫ければいいけど、その噂によって周りがカチコチの壁だらけになったら、入り込めないし閉じ込められて出られなくなるんよ。
だから、私は良し悪し関係なく噂話は苦手なのだ。
とはいえ、勝手に持ち出されたら耳にしてしまう。
そんな時は、ただの情報として得るようにしている。 アウトプットは絶対にしない。
噂より、私は自分で感じたことの方が信じられるからね。
私が、どう思うか。
私が、受け入れられるのか。
私が、受け入れられないのか。
それだけのことに、噂話なんて事前情報はいらないんだよ。
今ね、書いてて気付いたんだけど。
噂話の悪いところは、「らしいよ。」で終わることだね。
話している本人の根拠が、まるでないんだもの。
責任のない「らしいよ。」
それが、周りをうまい具合に巻き込んでしまうんだね。
もし「らしいよ。」の渦にのまれて、見失いそうになったらさ、” 私 ” がどう思うか。を思い出してみよっか。
自分の五感で確かめて、選択するんだよ。
今日も最後まで読んでくれてありがとう。
また、お会いしましょ。
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