優里 の「ビリミリオン 」の歌詞をぶったぎってみた!!
まず大前提として、私は優里のファンである。(1番ではないが…)
過去の投稿でも書いたが、あの声、歌い方、息づかい、声の生々しさ、どれをとっても、AIが歌う声には到底かなわない。人間の揺れや感情の揺れ、それそのものが声になったような表現力に圧倒されて、涙が出ることも多い。それくらいだ。
ただ今回は、その「ビリミリオン」の歌詞を、あえてファンの視点からぶった切ってみようと思う。
なお、著作権の関係でここに歌詞は直接載せないので、気になる人は各自で検索してほしい。
この歌詞は、残りの寿命を50年として、それを50億で買うというところから始まる。
老人が君に言いました
『残りの寿命を買わせてよ50年を 50億で買おう』
人生をやり直したいと 優里/ビリミリオンより
そこでまず思った。
わたしが10歳だったら、50億で売ってもいいなって。
で、2番になると、今度は100億になる。
しかも奥さんと子供もつけるから、その年齢を買ってほしい、という話になる。
ここで、また引っかかる。
うん?ってなる。
きっと、売る人はいっぱいいるんじゃないかって。
もちろん、この歌が言いたいことはそこじゃない。
時間は有限で、価値があるものだから、毎日を大切に、一生懸命生きよう、そういうまっすぐなメッセージの歌だと思う。
でも、どうしても考えてしまう。
10歳だったら50億で売ってもいいよな、って。
そんなふうに、一人でツッコミを入れている。メタ認知過剰、高次共感こじらせ女である。
その歌詞はこのように進む。
身体も痛くなるだろうし
友達もいなくなるんだろうな
恋愛もできなくなるよな
その値段じゃ売れないな 優里/ビリミリオンより
年齢を重ねれば、恋愛もできなくなるし、体も痛くなるし、友達もできなくなる。
だからそんな値段では売れない、という流れになる。
ここで、また引っかかる。
ん?と思う。
老人になったら恋ができなくて、友達もいなくなる?
体はまあ、痛くなるんだろうなと思いながらも。
生きてるだけでまるもうけ
これ以上なにがほしいというの 優里/ビリミリオンより
生きてるだけでまるもうけ
なのなら何歳でもいいのではないか?と。
そう考えると、この歌詞って若さにフォーカスしているのではないか、と、また少し歪んだ目で見てしまう。
やっぱりここでも発動する。
メタ認知過剰、高次共感こじらせ女である。
こんなことを思っているのは自分だけかもしれない。
でも、最初に聴いたとき、この曲で本当に泣いた。
最後の「頑張ろう、頑張ろう」というところ。
最近あまり見かけなくなった、そのまっすぐな言葉が、背中を押してくる感じがある。
外見至上主義、年齢至上主義、若さ最強。
未来には、子供には、絶対的に輝く何かがある――
ちょっと過剰に言いすぎじゃないか、と思いながらも、
それでもやっぱり、一人でツッコミを入れながら、共感してしまうのである。
正しすぎる言葉は、ときどき信用できない。
でもこの曲は、その“正しさ”にツッコミを入れながらでも、最後には飲み込まれてしまう。
納得していないはずなのに、なぜか前を向かされている。
それはきっと、言葉だけの力ではない。
あの、AIではどうしても再現できない歌声の揺れや、生々しさ。
人間の感情そのものが滲み出るような歌唱が、何千年も前から積み重ねられてきた言葉を、もう一度編み直して、感動として立ち上げているのだと思う。
だから、ツッコミながらも泣いてしまう。
それが、この曲の強さだと思う。
完璧な歌詞より
AIが書く完全なものより
人が書く
矛盾だらけの文字や歌詞のほうがやはり響くのだと思うのである。
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