見出し画像

人類救済学園 第壱話「嵐を呼ぶ少年」 ⅳ

前回

ⅳ.

 二人は丘の頂上に立った。丘は芝生に覆われていて、さきのテラスほどではないにしろ、そこからは学園を一望することができる。

 鳳凰丸は芝生の上にゆったりと腰を下ろした。救世はその横に立つ。爽やかな風が吹いていた。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、
 いち、に、さん、し!

 遠くからホイッスルの音が聞こえる。それにあわせて集団行動をおこなう生徒たちが見える。鳳凰丸はささやくように呟いた。

「……ここには、いろいろな生徒がいるんだね」

 救世は風を浴びながら、気持ち良さそうに腕を広げて伸びをしている。

「ん。ああ、そうだな」

「みな、似たような色の制服を着ていても、一人一人が違う顔をしている。同じ制服を着ていたとしても、一人一人が別の心を持っている……」

 鳳凰丸はさらに遠くへと視線を這わせた。

「ねえ……救世くん」
「んん……なんだ」
「なぜ……」

 鳳凰丸の髪は風に吹かれて、静かに揺れていた。

「なぜ僕は、風紀委員長なんだろう」
「ふむ……それはな」

 救世は伸びをやめて鳳凰丸を見た。それから、鳳凰丸と同じように遠くへと視線をうつした。

「学園則第一章、第二条。『人類救済学園の生徒には、その存在にふさわしい役割が学園により与えられる』……つまり、貴様はそうあるべくしてそうなった。つまりはそういうことだ」

 鳳凰丸は目を細めた。

「その学園則は知っているよ。僕の記憶にもある。でも……よくわからないな」

「フ……」

 救世は、いささか困ったように髪をかきあげる。

「ようはだな、魂の格、とでも言っておこうか。とにかく……そういうものなのだ」

「んー……」

「いずれ貴様にもわかる、嫌でもな。時とともに貴様に備わった、風紀委員長としての権能に気がつくことになる……」

「権能……?」

「そうだ、権能だ」

 救世は一拍おくと、厳かに託宣を告げるように続けた。

「権能とは力だ。重き責任を果たすための、選ばれしものの力だ。絶大なる権限、偉大なる執行権力、なすべきことをなすための力。それが、権能だ」

「権能……権力……」

 鳳凰丸は自分の手のひらを見た。
 握りしめ、広げ、握りしめる。

「いずれわかる。今は無理でも、いずれ、な」

「ねえ。もっといろいろ聞いてもいいかな」

「かまわんよ」

「ふう……」

 鳳凰丸は深いため息をついた。そして、深刻そうに眉をひそめて言った。

「あのさ……僕らって、入学前は、いったいどこにいたんだろう」

「ん……」

 救世は片眉をあげて鳳凰丸を見た。

「そして卒業したら、僕らはどうなるの。僕らは、どこに行くんだろう」

「……」

 救世は沈黙した。鳳凰丸の前へと歩みでる。鳳凰丸に背をむけたまま、腰に手をあて、うつむく。一瞬、その肩が震えたように見えたが、それは笑いであって、救世は顔をあげると、ははは、と乾いた声で言った。

「人はなぜ入学し、人はなぜ卒業するのか。人はどこから来て、どこへ行くのか。ははは! 実に哲学的な問いだな、鳳凰丸!」

 救世はひとしきり笑うと、再び沈黙した。鳳凰丸は、その背を見つめて答えを待った。救世は静かに言った。

「……わからんよ」

 その声は、どこか悲しげだった。

「なにも、わからん。我われは何ものなのか。なぜ人類救済学園にいるのか。そもそも人類救済学園とはなんなのか……俺には、なにもわからん」

 重い沈黙が流れた。いつしか風は強くなっていた。二人の上をいくつもの雲が通りすぎていき、それは影を落としながら、少しずつ、その厚みを増していく。

「なにもわからない、か」

 鳳凰丸はため息をついた。そして表情を変えずに、顔の前で手のひらをヒラヒラと動かしはじめた。まるで、なにかを確認するかのように、ヒラヒラと動かし続ける。

「……僕は、二年生だ」

「そうだな」

「そして今は三学期の半ば……つまり僕に残された時間は、一年と少しということだ」

「ああ、そういうことになるな」

「……そうか。そうなんだ」

 鳳凰丸は、手の動きを止めた。救世はそれ以上なにも言わなかった。空はいつの間にか暗くなり、重い色に覆われつつあった。

「……君たちは、怖くないの」

 救世はふっ、と鼻で笑った。

「ほとんどの生徒たちは、考えないようにしているだろうよ」

 鳳凰丸はため息をついた。

「……バカみたいだね。バカみたいだ」

 二人は黙った。風はますます強くなる。
 雲は不吉な色で学園全体を染めはじめる。

「ねえ、救世くん」

「……なんだ」

 鳳凰丸はゆっくりと、その手を前へとつきだす。

「僕は、決めたよ」

「ん……」

 救世は眉根を寄せた。背後から聞こえてきたその声音は、どこか、それまでの鳳凰丸とは別人のようだった。

「そうであるなら、僕は」

 そう言いながら、鳳凰丸はまっすぐに伸ばした手を、なにかを掴みとるように、強く、強く握りしめた。

「そうであるなら、僕は……」

 その目が、なにかを見据えるように力強く見開かれる。

「そうであるなら、僕は」

 鳳凰丸は叫んでいた!

「そうであるなら、僕はッ!」

「……?」

 異様な予感がした。嫌な感じだった。その予感とともに、救世は振り返っていた。そして……。

「鳳凰丸、貴様……!」

 ゴロゴロと遠雷の音。空には厚い雲が垂れこめて、彼方で、チカ、チカ、チカ、と閃光が瞬いていた。救世は鳳凰丸を見た。

「貴様、すでに……」

 鳳凰丸の周囲には、何人も、何人も立っている。
 まっ黒な空を切り裂くように……白い詰め襟の生徒たちが立っている。

 鳳凰丸の緋色の髪が、かがり火のように揺らめいていた。それを崇めるように、その周りでは白い生徒たちが静かに立ちつづけている。

 それはまるで、白狼の群れだ。

「貴様、すでに権能を……」

 うめく救世に鳳凰丸は微笑んだ。「ねえ、救世くん」それは、白磁のように冷たい笑みだった。

「そろそろ、生徒会長に会いに行こうか」

 風が吹き荒れて、雷鳴が、轟いた。

ⅴに続く

「人類救済学園」は月~金の19時半に更新していく予定です(予定)

いいなと思ったら応援しよう!

しゅげんじゃ きっと励みになります。