人類救済学園 第参話「VS.鏡鹿苑!」 ⅴ
【前回】
ⅴ.
薔薇の色は深紅であり、それはまるで血を思わせた。咲き乱れる薔薇の花、荒れ狂う荊。
亜麗愚悧亜。
それは破壊と美の権化であり、嵐のような暴虐だった。鳳凰丸と櫻、二人の身体は飲みこまれていく。それはもはや櫻の神速をもってしても不可避、避けることのできぬ退学だった。
「鳳凰丸さんッ!」
櫻は絶望のなか、鳳凰丸に覆い被さろうとした。しかし……わずかな違和感とともに立ちどまる。胸のアミュレットが輝いている。それは不気味な輝きだった。その輝きは、今までにはなかった、奇妙で、深く、暗い、紫の。まるで呪いのような……。
そして、次の瞬間。
図書委員長、半跏思惟中宮は宣告した!
『櫻坊! 君の体を、収奪する!』
「……?」
櫻の違和感は直後、別の感覚で上書きされた。それはアミュレットを通じて流れこんできた……強制力をともなう、抗えぬ力。
図書委員長の、権能。
「ああ……ッ」その権能は底知れぬ不快さとともに櫻の意識を塗りつぶす。そして、櫻の肉体は動きだす。
それはさながら糸繰り人形だった。人体の可動域を超え、肉体が崩壊することすら厭わず……櫻は……櫻だった肉体は、もはや人間性すら感じさせぬ動きで、神速をも超えた神速によって鳳凰丸の体を抱え、跳んだ。
その刹那。鳳凰丸は見ていた。鳳凰丸は……爆発する荊の中心……深紅に輝く鏡鹿苑の……その背後を見つめていた。彼だけに、それは見えていた。鳳凰丸だけが、それを見ることができた。
その口が、ぽつりと呟く。
「……救世くん」
◆
生徒会長とは太陽。
生徒会長とは光。
輝き、照らしだすカリスマ。
それが、生徒会長だ。
副会長とは月。
副会長とは影。
光あたらぬものどもを照らす、静かな輝き。
それが、副会長。
故に……。
代々の副会長は振るう。
闇に紛れ、影をまとい。
不可視の領域から繰り出される技を。
極度に洗練された、必殺の……
それは、暗殺剣である!
◆
「なん……だと……」
鏡鹿苑はうめき、血を吐いた。その胸もとからは伸びていた。背後から突きだされた、黒き、闇のような和刀。体から急速に力が失われていく。震える体を強いて、首をまわし……背後を見る。
「て、てめえ……」
それは獅子を思わせる、雄々しく、勇壮で、冷たく美しく、苛烈な眼差しだった。眼差しの主……救世は、鹿苑を見つめ、冷たく告げた。
「美化委員は全員、すでに退学ずみだ」
「ふ、ざけ……」
鹿苑が言い終わる前に、救世はその荊で覆われた背を蹴った。和刀が抜け、鹿苑は落ちる。美化委員長、その絶対の必滅技……亜麗愚悧亜は、かくして、不発のままに終わった。
丘を覆う荊が……暴威の跡が崩壊していく。その内側から爆発が生じ、荊を、薔薇を突きやぶり、突きぬけ、鳳凰丸を抱えた櫻が飛びだす。その全身は血濡れている。あらゆる関節があらぬ方向へとねじまがり、呼吸で上下する肩だけが、彼の在学を示していた。
櫻は地面に倒れ、その勢いのまま滑る。腕から鳳凰丸が転げ落ち、「くッ……」鳳凰丸は反射的に受け身をとって、膝立ちとなった。
その視線の先。陽炎のような闇をまとい、夢殿救世が立っていた。救世は刀を構える。妖気すら感じさせる油断なき構えだった。その救世と鳳凰丸の中間地点で、ゆらり、と鏡鹿苑が立ちあがる。
「上等……上等だ……ッ!」
口からはあふれだす血泡。手で押さえた胸からは、ぼたぼたと鮮血がしたたり落ちて、大地を紅に染めている。「上等だ……退学した連中にかわり……あたしが……あたしがッ」美しい顔を鬼気迫る表情で歪め、鹿苑は叫んだ。
「てめえらドグサレ外道に、天誅をくだすッ!」
その背から再び荊が放たれた。荊は鹿苑の体を覆い、その肢体をタイトに締めつける。それは、鎧だった。いや、それはドレスだった。荊でつくられた、薔薇咲き誇る、美しくも禍々しき、闘いのためのドレス。
「ぎゃは……ッ!」
鹿苑は嗤い、吐血した。
もはや限界は明らかだった。だが。
「だが、それでもいくぜ……!」
鹿苑は口を腕でぬぐい、そして右足を高々とあげ……踏みおろした。大地を割り、跳躍。鹿苑は高く高く舞いあがった。それは気高く、野蛮で、美しい、女王の舞いだ。薔薇の花が散り、渦巻き、そして鹿苑は再び手と足を広げ……退学寸前の死力を振りしぼり、叫んだ!
「亜麗愚悧亜だッ!」
その時。
鳳凰丸は見ていた。
救世のことを。
救世もまた、こちらを見つめていた。
鳳凰丸は鹿苑など見ていない。ただ、救世だけを見つめている。救世が見つめているのもまた、ただ、鳳凰丸の瞳のみだった。
静けさがあった。鹿苑が吠え狂う世界と、ふたりだけの世界。死地と、ふたりだけの静けさ。ネガとポジのような、ふたつの世界の、奇妙な同居。
鳳凰丸には理解できていた。
救世の視線は告げている。
俺に、呼吸を合わせろと。
それは、うなずくまでもなかった。
救世は息を吐く。
鳳凰丸は息を吸った。
救世は息を吸う。
鳳凰丸は息を吐いた。
救世は息を吐く。
鳳凰丸は息を吸った。
救世は息を吸う。
鳳凰丸は息を吐いた。
ドクン。救世の鼓動を感じる。
ドクン。鳳凰丸の鼓動が伝わる。
鳳凰丸の脳裏で光が瞬いていた。それはやがて、鮮烈な閃きとなって浮かびあがる……今日、二度目の閃きだった。
きっと、救世くんも同じように感じている……このゆるやかで奇妙な時間感覚のなかで、鳳凰丸は、そんなことを思った。
救世が刀を構える。
鳳凰丸は戦鎚を構えた。
いまや、ふたりはふたりであり。
ふたりはひとり。
救世は動き出す。鳳凰丸もまた動きだす。鹿苑を中心に猛り狂う荊が伸び、亜麗愚悧亜が発動しようとしている。救世は跳ぶ。鳳凰丸もまた跳んだ。ふたりは伸びゆく荊を蹴り、身をねじってその暴威をかわし、上へ上へと駆けあがる。
「てめえら……てめえら……ッ!」
鹿苑は叫んでいた。その見開かれた視界のなかで、ふたりは! 救世は和刀を下段に構えた。鳳凰丸もまた、戦鎚を下段に構える。救世の和刀が黒き瘴気のごとき闇をまとい、鳳凰丸の戦鎚は鮮烈なる緋色の輝きを放つ。
それは悠久の生徒会の歴史のなかでも、数えるほどしか報告されていない絶技。心からの信頼と、卓越した技量、そして互角の力。それらがそろった時、はじめて発動の条件が満たされる……。
「救世くんッ!」
「鳳凰丸ッ!」
ふたりは同時に叫び、荊を蹴り、跳んだ。
「ざけんな……ざけんな……ッ」
鹿苑はうめき……そして時が止まったような感覚のなかで、己の運命を悟り、絶望した。鹿苑の視界のなかで、闇が、緋色の閃光が、昇り龍のごとく旋回し、迫る。そして。鹿苑と交錯する刹那、救世は刀を振りぬいた。
「無明闇流し……」
同時。逆から飛んだ鳳凰丸もまた、戦鎚を振りぬく。
「……緋色戦閃」
それこそは絶技!
無 明 闇 流 し、 緋 色 戦 閃
鹿苑を中心に、黒と緋色。闇と輝き。鮮烈なる十字の軌跡が、空に刻まれた。
【outroに続く】
「人類救済学園」は月~金の19時半に更新していく予定です(予定)
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