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naisanpo
辛いのが楽しい
私は辛い思いをするのが嫌いではない.むしろ好きかもしれない.
なぜなら,過去の自分を殺している感覚がして気持ちいいからだ.これは決して自分のことが嫌いすぎるとか,自殺がしたいとかということではない.むしろ,そのときそのときの自分は,自分のことを深く愛しているのだ.だから私は基本後悔はしない.そのときそのときに導かれ,最善の判断でここまで生きてきていると思っているからだ.
どういうことなのかというと,今の自分から見たときの過去の自分が嫌いで仕方がないときがあるのだ.そんなとき,辛くなるほどに努力をしていると,過去の自分を斬り捨て,新しい自分を創り上げている感覚,「今の自分」が生きている感覚になる.それが気持ちいい.
もっと言えば,辛いと感じるとき,それは自分が辛いと思えるほどに世界と真正面から向き合っている証なのである.
また,私の場合,今ここで自分が辛い思いをしていることが,いつか必要な場所へ遣わされるための準備なのだと思える.このとき,どうか今辛い思いをしている自分を神様のために用いてくださいと祈りつつ,讃美歌21の512「主よ捧げます」を口ずさむのだ.
主よ捧げます
私の命
あなたのために
用いてください
今このときも
これから後も
御名をたたえて
日々過ごします
主よ捧げます
私の手足
御業のために
用いてください
差しのべる手を
愛の手として
平和伝える
主の足として
