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どれだけ経験を積んでも、海へ向かう朝は、お腹が痛くなる。

この時期になると、
毎年スノーケルを教える機会が増えます。


小学校の体験授業。

サンゴ礁で調査を行う高校生への実習。

社会人向け講座でのスノーケルツアー。


参加する人の年齢も経験もさまざまです。

私は、サンゴ礁を伝える仕事をしています。

研究者として。

そして、スキンダイビングインストラクターとして。

でも、私の仕事は、サンゴ礁を見せることだけではありません。


全員を、無事に帰すこと。


サンゴ礁の魅力を伝えたい。

でも、伝えることには責任があります。

海へ案内する以上、
参加した全員を無事に帰す責任です。

その責任を果たすため、
国家資格である潜水士を取得し、
インストラクターとして水難レスキューや
救命処置を繰り返し学んできました。

意識を失った人を水面で確保する。

海面上で人工呼吸を行いながら、
安全な場所まで曳航する。

陸へ引き上げ、救命処置を行う。

できるようになるまで、
何度も、何度も繰り返しました。

できれば、一生使いたくない技術。


それでも、絶対に身につけておかなければならない技術です。

正直に言うと、
インストラクターの仕事をする朝は、
いつも少しだけお腹が痛くなります。


その日の風向き。

波の高さ。

潮の流れ。

参加する人の経験。


頭の中で何度もシミュレーションを繰り返します。

「今日は、この海岸にしよう。」

「今日は、ここまでにしよう。」

「今日は、海に入らない。」


その判断も、インストラクターの仕事です。

どれだけ経験を積んでも、自然の前に立つ怖さは消えません。

海は、人間の予定には合わせてくれないからです。

なぜ、そこまでやるのか。


海は平等。



海は、子どもだからと手加減はしてくれません。

大人だから見逃してもくれません。

泳ぎが得意でも、自然は関係ありません。

以前、私の目の前で、
足のつかない海を泳いでいた人が突然、
肩を脱臼したことがありました。

激痛で片腕は動かず、
さっきまで笑って泳いでいた人が、
次の瞬間には自分の力では浮いていられなくなりました。

私が対応に向かうまでの数秒間、
その人の命を水面につなぎ止めていたのは、
本人の泳力でも、
私のレスキュー技術でもありません。

ライフジャケットの浮力でした。

私はその人を曳航し、
浜まで運び、一人で担ぎ上げました。

浜に上がって、
お互いに真っ青な顔で荒い息を整えているとき、
自分の手が小さく震えていることに気づきました。

浜まで運び終えて、
彼は痛みながらも、
少し落ち着きを取り戻しました。
そして、慣れた様子で自分で肩を戻し、
大事には至りませんでした。


もし、彼がライフジャケットを着ていなかったら。


もし、私がほんの数十秒、
目を離していたら。


あの数秒がなければ、
私は間に合わなかったかもしれない。

その恐怖は、
今も胸に焼き付いています。

ライフジャケットは、
泳げない人のための道具ではありません。

どれだけ泳げる人でも、
一瞬で泳げなくなることがあります。

ライフジャケットは、
助けが届くまでの「数秒」をつくる道具です。


私は、全国の海の事故情報を読み続けています。

夜、パソコンを開くと、
また事故の報告が届いています。

できれば読みたくない。

胸が締め付けられるような内容ばかりです。

それでも目を通します。

同じ事故を、二度と繰り返さないために。

そこには、何度も同じ一文が記されています。

「ライフジャケットは非着用。」

その一文を、
私は何度読んだか分かりません。

そのたびに、
浜辺で震えていた自分の手を思い出します。


「うちの子はスイミングに通っているから大丈夫。」

「自分は泳げるから大丈夫。」

「浅瀬だから大丈夫。」


海は、その「大丈夫」に合わせてはくれません。

自然は、人間の思い込みを受け入れてはくれません。


だから、お願いがあります。

今年の夏、海へ行くなら、
ライフジャケットを着てください。

子どもだけではありません。

大人も。

泳げる人も。

泳ぎに自信がある人も。


海は、私たちに感動や発見を与えてくれる、
かけがえのない場所です。

その思い出を、
「楽しかったね」で終わらせるために。


どうか、ライフジャケットを着てください。

その数秒が、命を分けます。




🪸 礁屋塾りんたろう
研究者 × 教育者として、「学びを社会につなぐ」活動をしています。
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