全員ジャッキー。
映画は映画館のものではなかった。
もちろん映画館へ行くこともあったが、圧倒的に身近だったのはテレビである。
金曜ロードショー。
水曜ロードショー。
ゴールデン洋画劇場。
週末の夜になるとテレビ欄を確認し、「今週は当たりだ」とか「これは見なくていいな」などと勝手な評論家活動が始まる。
まだ映画を見てもいないのに評価しているのだから、小学生の自信というのは実に頼もしい。
ジャッキー・チェンが放送される日は特別だった。

酔拳。
蛇拳。
プロジェクトA。
スパルタンX。
どれを見てもジャッキーは走る。
飛ぶ。
落ちる。
殴られる。
そして最後は勝つ。
今ならCGを疑う場面ばかりだが、当時は本当にやっているらしいという噂だった。
らしい、で十分だった。
昭和の情報精度はその程度で成立していた。
そして映画が終わる。
問題はそこからだった。
翌日学校へ行くと、クラスの男子がだいたいジャッキーになっているのである。
廊下の角を曲がるだけなのに構える。
教室へ入るだけなのにカンフーポーズを取る。
机を飛び越えようとして先生に怒られる。
そして昼休みには戦いが始まる。
もちろん本気ではない。
しかし本人達はかなり本気である。
傍から見ると、小学生が集団でジャッキーごっこをしているだけなのだが、本人達の脳内では壮大な香港アクション映画が上映されていた。
昭和男子の想像力は予算だけが無限だった。
スター・ウォーズも強かった。
放送されると翌日には全員ジェダイになる。
校庭へ出る。
木の枝を拾う。
振り回す。
ライトセーバーである。
当然ながら光らない。
音も出ない。
ただの枝である。
しかし誰も気にしない。
本人達には見えている。
現代ならARゴーグルが必要な世界を、昭和の小学生は脳だけで再生していた。
性能が高すぎる。
ETを見れば宇宙人を探し始める。
グーニーズを見れば宝探しが始まる。
バック・トゥ・ザ・フューチャーを見れば自転車を改造したくなる。
映画を見るたびに遊びが増える。
今思うと、当時の子ども達は映画を鑑賞していたのではない。
映画に感染していたのである。
しかも感染力が強い。
クラスに一人でも見た奴がいると広がる。
そのうち見ていない奴までジャッキーになる。
昭和の口コミネットワークはだいぶ雑だった。
それでも成立していた。
今の時代は配信サービスが充実している。
好きな時に見られる。
止められる。
戻せる。
便利である。
ただ少し羨ましいと思うこともある。
あの頃は映画が終わると翌日の学校が待っていた。
誰がジャッキーになるのか。
誰がジェダイになるのか。
誰がETを探し始めるのか。
だいたい予想はついていたが、それも含めて面白かった。
振り返ると、金曜ロードショーや水曜ロードショーは単なる映画番組ではなかった。
全国の小学生へ毎週新しい遊びを配信する装置だったのである。
そして受信感度が最も高かったのは、間違いなく昭和の男子達だった。
怖いですね。怖いですね。怖いですね。
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この本は成功談ではありません。失敗談です。しかも少し騒がしい失敗談です。いただいたチップは、次の失敗と人間観察のために大切に使わせていただきます。