ショートショート 《プライムデー最終審判》ーー 半額の家電を前に、人類は本性を試される #シュール
午前零時、真理子はスマホを握っていた。
Amazonプライムデーが始まったのである。
買うものは決まっていた。
電動歯ブラシの替えブラシだけだ。
普段は三千円するものが、二千四百八十円になっている。必要な品であり、迷う理由はない。
真理子は商品をカートに入れた。
すると画面の下に表示された。
《この商品を見た人は、こちらも見ています》
コードレス掃除機。
真理子は考えた。
たしかに今の掃除機は、コードを差し替えるのが面倒である。
部屋を移動するたびにコンセントを抜く。
それだけで人生の何分かを失っている。
コードレス掃除機をカートに入れた。
次に表示されたのは、ロボット掃除機だった。
《掃除をする時間そのものをなくしませんか?》
急に強い言い方をしてきた。
真理子はロボット掃除機をカートに入れ、コードレス掃除機を削除する。
しかしレビューを読むと、
「床に物が多い家には向きません」
と書いてある。
床に物が多いから掃除機が必要なのではないか、と真理子は思った。
別のレビューには、
「人生が変わりました」
とある。
掃除機一台で人生が変わるなら、今までの人生は床に落ちていたのかもしれない。
真理子はロボット掃除機を残した。
そこへタイムセールの通知が来た。
《残り十一分。電気圧力鍋、四十二パーセントオフ》
料理をほとんどしない真理子は、だからこそ必要だと思った。
料理をしない原因は、料理が面倒だからである。
電気圧力鍋があれば、材料を入れるだけで料理が完成する。
問題は、材料を買い、洗い、切り、入れる必要があることだった。
それは、ほとんど料理ではないか。
真理子が迷っている間に、残り時間は七分になった。
《まもなく終了》
画面が彼女を責め始めた。
《あと三点》
知らない誰かが買おうとしている。
顔も名前も知らないが、急に負けたくなくなった。
真理子は電気圧力鍋をカートに入れた。
その瞬間、画面が暗転した。
《購入資格審査を開始します》
「何これ」
スマホから、厳かな声が流れた。
《あなたは過去三年間に、ヨーグルトメーカー、フォームローラー、布団乾燥機を購入しています》
真理子は息をのんだ。
どれもプライムデーで買ったものだった。
《ヨーグルトメーカーの最終稼働日は、購入から四日後です》
「それは……牛乳を切らして」
《フォームローラーは現在、ハンガーの土台として使用されています》
「形がちょうどよくて」
《布団乾燥機は未開封です》
「冬に使う予定です」
《現在、七月です》
審査官は容赦がなかった。
画面には、これまで購入した品々が並んだ。
高性能ミキサー。
スマート体重計。
姿勢矯正クッション。
英語学習用タブレット。
すべて「これがあれば変われる」と思って買ったものだった。
《質問します》
声が一段低くなった。
《あなたが買おうとしているのは、商品ですか。それとも商品を使いこなしている未来の自分ですか》
真理子は答えられなかった。
電気圧力鍋の残り時間は、三十秒になっていた。
二十九。二十八。
真理子はカートを見た。
替えブラシ。
ロボット掃除機。
電気圧力鍋。
高級枕。
折りたたみ式ランニングマシン。
なぜ入れたのか分からない防災用の笛百個セット。
合計、十二万六千八百四十円。
二十。十九。
真理子は深呼吸した。
そして、替えブラシ以外をすべて削除した。
画面に祝福の光が差した。
《審査に合格しました》
「やった」
《あなたには、必要なものだけを買う力があります》
真理子は少し誇らしくなり、購入ボタンを押した。
注文が確定した。
直後、新しい画面が現れた。
《審査に合格したあなたに、特別なご案内です》
画面が優しく光り、新たな商品が差し出された。
《本当に必要なものだけを収納できる、スマート整理ボックス》
通常価格一万二千円。
プライムデー限定、五千九百八十円。
残り一点だった。
真理子は、静かにカートへ入れた。
✏️ 作者より
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