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「白井幹夫 ワンナイト・スタンド・ギグ ~Happy Mickey Go!Go!Go!~」の感想とそこに至るまでの個人的な諸々

昨年の5月、兵庫・加古川のgratzというライブハウスで白井幹夫の75歳バースデイライブを観た。白井幹夫の演奏を生で観たのはそれが初めてだった。

本稿は個人的な思い入れありきのテキストになる予感でいっぱいなので、表題のライブに関するレポート的なものをちゃちゃっと読みたい人には大変申し訳ないけれど先に自分のことについて説明させていただく。今から25年ほど前、13〜14歳の頃にベスト電器系列のレンタルCD屋で借りたザ・ブルーハーツと映画「スタンド・バイ・ミー」のサントラが音楽に激しくのめり込むきっかけになった。“音楽”というものをなんとなく好きなつもりではいたけど、「どんな人が演奏しているんだろう」という興味を抱いたのはブルーハーツが初めてだった。インターネットで調べるとメンバーである甲本ヒロト(以下、ヒロト)と真島昌利(以下、マーシー)という人が今はザ・ハイロウズというバンドに所属していることと、白井幹夫(以下、ミッキー)というキーボーディストも活動を共にしていることが分かった。ミッキーはブルーハーツのサポートメンバーとして1989年のツアーと「平成のブルース」のレコーディングから解散まで、そしてハイロウズには初めから正規メンバーの一人として参加していた。ミッキーの弾くピアノはめちゃくちゃカッコ良かった! 僕が初めてロックンロールのピアノに触れたジェリー・リー・ルイスのそれと勝手に重ね合わせて聴いていた。今でも大好きなプレイヤーだ。

僕がハイロウズのライブを初めて観たのは高校生になってからのことで、2004年のアルバム「Do!! The★MUSTANG」のリリースツアー。“ライブ”というものに行ったのもこれが初めてだったし、そもそも「自分がライブに行く」という発想すらなかった。ハイロウズのライブは記憶が正しければ2回観ることが出来たはずだ。佐賀と福岡で1回ずつ。同じツアーでもう1回福岡で観たような気もする。とにかく最後に観たのは2005年4月19日のZepp Fukuokaで、その年の11月にハイロウズは突如活動を休止してしまったので本当にギリギリ滑り込んだという感じだった。でもその前年にアルバム「angel beetle」のツアー最終日をもってミッキーは脱退していたから、ミッキーのいるハイロウズには間に合わなかった。ミッキーは脱退後も元ブルーハーツの梶原徹也とTHE BIG HIPというバンドを組んだりソロ名義でもアルバムをリリースしたりしていた。CDやTシャツは本人の通販サイトで買っていたけれど、ライブには結局一度も足を運ばなかった。

去年のライブにはthe big rawという広島のビートバンドもラインナップされていた。2000年代に活動していたビートルズスタイルのバンドで、当時ネットで知り合った友達に教えてもらって僕も大好きになった。高校生の頃に運営していたホームページ(Webサイトとは呼びたくない、あれはホームページだったから)にはハイロウズの大手ファンサイトから流れてきた同年代の友達が何人か集まっていて、毎日のように深夜もしくは早朝まで他愛もない学校での出来事や好きな音楽について延々チャットで話をしたり、インターネットラジオを配信するためのアプリケーションを利用して最近発見した音楽を聞かせ合ったりしていた。

当時the big rawのライブも観られずじまいだったのと、あとはたまたま同じ時期に大阪に出張する用事ができたので(営業職万歳)、宿だけ押さえて満を持してチケットを予約した。正直「うっかりマーシーとか来ちゃうんじゃないかな〜」と期待こそしていたものの、the big rawとミッキーのライブが観られるならそれで充分満足だった。gratzは谷ヤンさん(ハイロウズ時代のスタッフ。前説でお馴染みだった)が作ったお店だけあって、ロックンロールハートを感じるステキなハコだった。

gratzは加古川駅から大通り沿いにまっすぐ歩いたところにあった

初めて観たthe big rawは想像以上に最高だった! 今後の活動予定があるのかどうかも分からないけれど、あんないいライブが出来るバンドのメンバーが生きているならライブをやるべきだ。今度はスタンディングで遠慮なく踊りたい。「Call Me Back Again」も聴けていないし。

そのthe big rawがバックバンドを務めたミッキーのライブも素晴らしかった。昔ブートで幾度となく聴いた南正人「上海帰り」のカヴァーに大感激した。原曲ももちろん素晴らしいけど、ミッキー特有のポーンとハネる感じで歌うのがすごく曲に合っていると思う。

ライブが終盤に差し掛かった頃、ミッキーが「あたしの好きな曲なんですね、この曲やりてえな〜と思ってたら、なんと作曲者が偶然お客さんとして会場に来ている」「そいつにギター弾いてもらおうと思ってるんですがいかがですか、マーシー上がってこいよっ」と突然の呼び込み。その言い草があまりにもさらっとしていたのであのマーシーだと気づかなかったお客さんもいたのでは。そうでなかったとしてもマーシーが現れてから歓声が上がるまでの間にかなりの時差があって面白かった。FAN-JET(ハイロウズのファンクラブ会報誌)とかでよく見ていたキャップを被ったマーシーは最前列で見ても本物だという確証が持てなかった。演奏されたのはミッキーのソロライブでも頻繁に歌われていたというブルーハーツ時代の楽曲「泣かないで恋人よ」。2025年にマーシーがブルーハーツのフレーズを弾いている。基本的にヒロトもマーシーも自身が過去に所属していたバンドの曲を演奏することはまず無い。正直言って目の前で何が起きているのか理解できなかった。しかもあのころ聴いていたthe big rawが一緒に演奏している。一瞬マーシーとthe big rawのニイヤンさんがアイコンタクトして笑いあったシーンがあって、アレはあそこでマーシーが一節だけボーカルを取る予定があったのではないかと思うんだけど勘違いでしょうか。ネットではこの曲の動画だけが出回っているけど、そのままジャムセッションも行われた。

「白井幹夫 75祭バースデーパーティー!」のセットリスト。

ライブの終わりに「このままここでみんなでグダグダやりましょう!」と呼びかけたミッキーに甘えて、終演後もフロアに残ってお酒を飲んでいた。古くからのファンだという方とミッキーの近くで楽しくおしゃべりしていたら「せっかくだから白井さんと写真撮ってもらったら?」と言っていただき、当方そこそこ飲んでいたのでしっかりミッキーに抱きついて写真を撮ってもらった(ちゃんと「抱きついてもいいですか」って聞いた)。その直後控室のドアが開いて、ほとんどの観客が残ったままのフロアにふらりとジョッキ片手のマーシーがやってきた。どうかしている。マーシーは真っ直ぐミッキーの元にやってきて、肩に手をやりながら何事か語りかけて談笑していた。その様子や表情だけでお互いをリスペクトし合っていることが伝わった。感激した。話が一段落したのか若干手持ち無沙汰に見えたマーシーにすかさず乾杯してもらった(ちゃんと「マーシーさん乾杯してください」って言った。そしたらマーシーは真っ直ぐおれの目を見て「いいよ!」と言ってくれたんだ)。きっとそのまま話を続けることも出来たんだけど、既にだいぶ出過ぎてしまったなという後ろめたさもあり、「よそう、また夢になるといけねえや」の心持ちでパッとgratzを後にした。とはいえその時点でわりかし飲んでたし、なんなら帰り道に見つけたバーに寄ってさらに数杯やって帰ったけど。

サンキュー加古川gratz

1年前のライブのレポートを今さら書いてしまったが、ようやく2026年の話をしたいと思う。3月にTop Beat Clubでのミッキーのライブが発表された。「昨年あれだけのものを観たしな〜…」と少し迷いつつも友人に遅れる形でチケットを予約した。5月上旬、フライヤーで「AND MORE…」とされていた枠が「真島昌利」であることが明らかに。正直に言うと去年のサプライズを目撃していたのでその発表自体に大きな衝撃はなかったけれど、よくよく考えればアクトとしてしっかり「真島昌利」とラインナップされているライブなんて観たことがない。果たしてマーシーは何をどういう形で披露するのだろうと妄想を繰り広げたり知人と話したりしながら当日まで過ごした。

5月29日、仕事を少し早めに上がらせてもらって荻窪Top Beat Clubへ。普段はこの規模の会場だとカウンター近くでお酒をカパカパおかわりしながらライブを観ることが多いけど、この日ばかりは出来るだけ前の方にいるぞと決めていた。意外と4〜5列目くらいまで空いていたので陣取ると、目の前の視界に古くからの知人が3人もいてちょっと笑った。インターネット万歳。

当日のフライヤー。会場の写真とかちゃんと撮っておけばよかった。

オープニングはザ・ニートビーツ。開口一番Top Beat ClubのオーナーでもあるMr.PANがマーシーが解禁になった途端に売り切れたことを弄る。マーシーに「セッションしよう」と誘ってみたけどあっさり断られた、とも。ニートビーツが広く知られるようになったきっかけの一つにハイロウズが2000年に日比谷野外音楽堂で開催したライブ「that summer feeling」がある。福岡のボーダーラインレコーズでマーシーがフライヤーを手にしたところから始まっており、そのいきさつはMr.Lawdyのブログに詳しい。しかしニートビーツのライブはいつ観てもサイコーです。ニートビーツがたっぷり演奏したあとは、今回のミッキーのバックバンドも務めるKETCHUP HEADS。岡山は倉敷のバンドだという。ハードロックやブルースを感じる音楽性で恐らく初見の人がほとんどだったと思うけど、前列の観客にギターを弾かせたりテルミンを触らせたりしてしっかり盛り上げていた。

続いて真島昌利。ソロ名義のライブを観る日が来ようとは。ブルーハーツ〜ハイロウズの中期くらいまでは散発的になにかのライブに出演することがあったけど僕はその時代には間に合っておらず。ましてや1、2曲のゲスト参加ではなく正式に「真島昌利」としてライブをするのは20数年ぶりだったのでは。先にグレッチのエディ・コクランのシグネイチャーモデルのギター、アンプ(よく見えなかったけど、あれは何だったんだろう)、サッポロ黒ラベルの小瓶、そしてハーモニカと椅子が運び込まれた。ということは座りでのライブだ。余裕こいてないで前の方に陣取ってよかった。

マーシーがステージ脇から登場し、椅子に座るなり目の前の観客を見て「…近いね」と一言。本当に近い。距離にして数メートル、しかも同じ高さにマーシーの顔がある。ライブも始まってないのに「この先これ以上近くでマーシーの演奏を観ることはないだろうな…」とつい考えてしまった。最初に演奏されたのは「しおからとんぼ」、「公園」。いずれもヒックスヴィルの真城めぐみ、中森泰弘と一緒にやっているユニット・ましまろの楽曲。かなり身構えていたので、正直「あ、やっぱり最近の曲をやる感じね」と肩の力が抜けた。とはいえもちろん大好きな曲。曲の合間にはマーシーがミッキーと出会った日のエピソードが語られる。今日も楽屋で喋ってて面白かった、というMCの終わりに「…変わんないっすね、やっぱり」と感慨深げにボソッと言った声のトーンが凄く印象的だった。

2曲を歌い終わって、ブルーハーツ時代のアメリカツアーにおけるミッキーの破天荒エピソードが語られる。クロマニヨンズのライブではマーシーがMCをすることは極めて稀なので嬉しい。「ブルーハーツっていうバンド」「ハイロウズっていうバンド」という言い方に、過去の活動との距離の置き方を感じた。やおらハーモニカホルダーを装着したマーシーがAのローコードを弾き始め、ハーモニカのイントロに続いて最初の「空前絶後」という歌詞が歌われた瞬間大きな歓声が上がった。ブルーハーツの「チャンス」。ほとんど間を置かずに続けて「年をとろう」。いずれも実質的なラストアルバムとなった「DUG OUT」の収録曲。当時よりも一層嗄れた声になっていてカッコ良い。「年をとろう」のサビは原曲とは違う歌い方になっており、歌詞も2回目の「俺のシッポにまた火がついた」が「もっと強い夢が見れる」に差し替えられていた。歌詞についてはたまたま間違えたのか、はたまたブルーハーツ「ハンマー」と同じ現象なのかは分からない。終演後に落ち合った友人に会うなりこのことを聞いてしまったけど、もっと後でもよかった話だな…と今さら反省している。

ハイロウズ時代のアビーロード・スタジオでの出来事(「angel beetle」の頃ですね)に関するMCが挟まれ、ということは次にやるのはハイロウズの曲かと思ったところに「オーロラの夜」。ソロ曲まで披露されるとは。その後「じゃあこの辺で、白井さんと一曲」とミッキーが呼び込まれた。ハイロウズ時代と変わらない黄色いシャツにハンチング姿のミッキーがこの日初めて観客の前に姿を現し、拍手が送られる。じっとミッキーを見つめるマーシーの目は潤んでいるように見えた。ミッキーの「アイツもやってくれるかなと思って(マーシーを)ゲストで呼んだ」「やるならおれが好きな曲をやろうということで、やりたいと思います」というMCに続いてマーシーが「ゆっくりね」と添えつつカウントを入れて始まったのは、アルバム「夏のぬけがら」の収録曲「オートバイ」。

そのままマーシーが退場し、KETCHUP HEADSが再登場してミッキーのライブに。「音楽は素晴らしいと思う。なんでかっていうと、やってて飽きねえんだよ」「こんな身体になっても、弾くこともやることも面白い」と語っていた(ミッキーは十数年前に脳出血で倒れ、右半身に少し麻痺が残っている)。そして昨年の加古川でのライブと同様に戦争についての話をたくさんしていた。後でXで知ったけど、背景に飾ってあった「9」のオブジェは憲法9条を模したものだという。

ライブの後半に「イトシイヒトヨ アサヒガノボル」という曲が演奏された。ソロ2ndアルバム「temptation」の収録曲で、ミッキーの全作品の中でも一番好きな曲なのでまさかこの日のライブで聴けるとは思わず感動してしまった。先述の毎晩のようにチャットで話していた友達の中の一人とはその後ローリング・ストーンズの2006年の来日公演を一緒に観に行ったことを契機にオフラインでも友人関係となり、20年経った今でも交流が続いている。これまでブルーハーツやハイロウズの話は色んな人と出来たけれど、当時白井幹夫のソロ作品について話が出来たのは彼だけだった、というか、今でも彼くらいしかいないかもしれない。彼も僕もこの曲のことが凄く好きで、そして二人ともこの会場にいて、この瞬間を目撃した。ブルーハーツに間に合わなかったこととか2000年代のミッキーのライブに行けなかったこととか、そういったことがすっかりどうでもよくなってしまった。何年経っても会えたんだ。

ライブはミッキーが初めて参加したバンド、めんたんぴん「春」のカヴァーで締めくくられた。終演後もアンコールを求める手拍子がしばらく鳴り止まなかった。企画者や演者の気持ちがこもった良い夜だった。そのまま居酒屋で友人らとああだこうだと終電間際まで話して、それでも物足りなかったので翌日も昼から感想戦をすべく飲みに行ってしまった。この日のことはずっと覚えていたい。思い出ばかりをしがんでもいられないけれど。

"今日しか吹かない風"か…と思いながら撮った写真、アホなので許してほしい

おそらくほとんどの人が観たくても観られなかったライブなので詳細に記録しておこうと思って書き始めたらえらく時間がかかってしまったし、当初の目的の割にかなり私情たっぷりで冗長なテキストになってしまった。ご容赦ください。

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