何かを頑張る時
何かを頑張りたくなる時があります。きっと皆さんにもあるはずです。
そういう時、どうやって頑張りますか?
最近僕は、頑張らない時間を頑張ることに価値があるように感じています。
例えば小説を書くことを頑張ると決めたとしましょう。
当然僕は小説を書くぞと意気込みます。
しかし僕はあまりにも弱い人間で、小説を書くことを頑張るぞと意気込むだけで疲れるのです。疲れるどころか、満足感すら抱きます。
こうなると、では実際に小説を書くぞとなってもなかなか開始されません。少しだけゲームをやろうと思ってしまったり、少しだけショート動画を見ようと思ったり、少しだけ寝ようと思ってしまうのです。
好きで書いているわけですから、いざ小説を書き始めたら集中できます。しかし書き始めるまでが遅いのです。
何かを頑張る時、自分のキャパを超えた努力は継続できません。一日中ぶっ通しで小説を書こうと思っても、絶対に上手くいきません。まだ1日あるから少しくらいいいだろうと、やはりYouTubeを見ていたら、気がつけば日が沈んでいます。
僕の中で「頑張る」とは何かを考えた時に、やると決めた時間に最大限の集中力を持っていくことだと気がつきました。
要は、1時間やると決めて、最初の半時間ゲームをした後にやる努力は僕にとって不完全なのです。努力すると決めたなら、1時間ビシッとやって、だらだら続けずビシッとやめる。そしてそれを継続する。その先に結果がついてくるような気がするんですよね。あまり成功体験がないのでなんとも言えないところですが。
というわけで、1時間小説を書くと決めたなら、後の23時間の暮らしが重要になってきます。睡眠不足ではろくな思考などできません。空腹では執筆中に間食をしてしまいます。本や映画を楽しんで想像力を養わなければなりません。
むしろなるべく小説を書くことへの意欲を消して、日々の生活を整えることに意識を向ける必要があります。
何かを頑張るということは、頑張らない時間をいかに頑張り、いざ本番の頑張る時間帯に、いかに最高のコンディションを持っていくかではないかと思うわけです。
つまり、今。noteを書きながらお菓子をつまんで、YouTubeを流して夜更かししているそこのお前。お前に言っているわけです。明日小説を頑張ろう? 明日勉強を頑張ろう? 頑張らない時間を頑張れないお前に、明日の頑張りは訪れないぞ。
