「国宝」からの「残菊物語」
映画「国宝」が話題だ。私も先日鑑賞してきて、感銘を受けた。
いわゆる、芸道もの映画、として日本の映画史に新たな風が吹き込まれたという受け止めが、この映画を鑑賞された多くの方たちにもたらされたと思う。
「国宝」を観たからこそ、観なければいけない
という気持ちを掻き立てられた、1本の映画がある。
それがこの「残菊物語」。
1939年という、世相は戦争へ突き進む中自由に満足のいく映画製作がままならず、社会批判の薄いテーマを選択せざるを得なかった中で産み落とされた作品。
ストーリーは、「国宝」との類似点の多さに驚く。
血縁のしがらみ、その傘のもとで稽古を積み大役をあてがわれる特殊な世界、そんなしきたりに反抗するも世間の水の冷たさに苦労を重ねるハードな描写、そして東京に呼び戻され歌舞伎界のスターダムに返り咲く。
この残菊物語では、それらに加えて、主人公・菊之助の芸を向上させる為に献身的に支えるお徳の存在がクローズアップされている。
表面的には自己犠牲的な愛情が成功をもたらす、というともすれば男尊女卑な封建的な芸の世界を肯定的に描いている、という批判にさらされそうな内容かもしれない。しかし、菊之助の家に乳母として出入りしている身分から、菊之助に率直な芸のアドバイスを伝えたことから「女房の座を狙う卑しい女」という理不尽ないわれをつけられて追い出されたことへの意地を貫く様が、溝口監督が強調したかった点だったのだろうと想像できた。
昭和10年代に社会批判なぞもってのほか、という制作状況の中で作り手たちの、精一杯の反抗心、のようなものが見てとれるし、そういう思いが投影されているかのように、お徳を演じた森赫子さんの神々しささえ感じさせる一世一代の名演に結晶している。
脚色を担当された依田義賢さんの著書『溝口健二の人と芸術』に以下のような著述があった。
―さて、お徳の全くの献身による哀しい、純愛の姿は国にすべてを捧げて、戦場に出て死んで行った国民の姿でもありました。国はそのような心情を讃えていたのです。
派手な屋形船の先頭の縁で両手を高く拡げながら
道頓堀を下る菊之助の晴れ姿
それを見とることなく、ひっそりと息をひきとる
お徳の寝姿
二人の見事な対比を見せて物語は閉じる。
全編見終わったあと、震えがきた。
演出、カメラワーク、脚本、俳優、そして美術…
時代は古くても、全てが超越している
まごうことない傑作だと心に刻みつけられた。
気になって「国宝」のパンフレットを読み返してみたが、残菊物語への言及につながる記述は皆無だった。
そんなことより、「国宝」を観てココロ動かされた方には是非この「残菊物語」にもトライしていただきたい。必ず新たな発見に満ちていると確信している。
私自身の思いは、「国宝」に触れたお陰で
歴史の陰に埋まりそうになっていた
まさに国宝級名作映画に巡り会えたこと。
その事に一番感激するとともに、
これもまた映画がもたらす不思議な力なのか
と感じ入っている。
