【SDHと歯周病①】「自費率を上げよう」の言葉に私が感じているモヤモヤ
歯科のセミナーでも学会でも、まったく語られないことから始めます。
はじめに
これは私が皆さんに何かを教える内容ではありません。私自身が考えを整理しながら、読者諸氏と一緒に勉強していくためのものです。自己紹介は過去のNoteを見ていただけると嬉しいです。
私は日本歯周病学会の認定医で、経営大学院でMBAを学んだ歯科医師です。けれど、これから扱う SDH(Social Determinants of Health/健康の社会的決定要因) は私の専門外で、勉強中の身です。だから偉そうなことは言えません。(勉強している分野でも偉そうなことは言えませんが笑)
むしろ、勉強すればするほど、自分の歯科医師としての臨床が不安になる。そのモヤモヤや不安な感情を共有しながら、皆さんと考えていきたいと思っています。
まずエビデンスどうこうの前に、私の個人的なモヤモヤから始めます。
1. そもそもSDHとは何か
まず、言葉の確認から。
SDH(健康の社会的決定要因) とは、ざっくり言えばこういう考え方です。
人の健康は、本人の努力や遺伝子だけで決まるのではない。その人が生まれ、育ち、働き、年をとっていく「社会的な条件」によって、大きく左右される。
収入、教育、仕事、住んでいる場所、人とのつながり。こうした 暮らしの条件 が、めぐりめぐって体に届く。これがWHOも採用している見解です。
歯科で考えるとこうなります。
「ちゃんと磨けているか」「タバコを吸っているか」「定期的に通えているか」
その手前にある暮らしが、その人の歯周組織の運命を決定づけています。
この「手前にあるもの」を見にいく営みが、SDHです。覚えておいてほしいのはひとことだけです。「原因の原因(causes of the causes)」。プラークや喫煙が「原因」なら、その背後の学歴や所得や労働環境が「原因の原因」。ここを見るのがSDHです。

2. 歯科で聞こえてくるのは別の話
ここからが本題というより、私のモヤモヤです。
経営を勉強すればするほど、ある言葉が大きく聞こえてきます。
「自費率を上げよう」
自費率アップのセミナーが、世の中に横行しています。「保険診療では食えない」「自費の比率をこう上げる」「単価を上げるトーク術」。集客、クロージング、提示の順番……。正直、ノウハウとして勉強になるものもあります。
でも、その中には、本当にこれは正しい医療なのか、倫理的にどうなのか、と引っかかるものも混じっています。私はそう感じています。
誤解しないでいただきたいのですが、私自身、自費診療を提供しているし、自費率を経営指標として何年も見てきた当事者です。自費そのものを否定する気はまったくありません。良い医療には対価が必要だし、医院を経営するには売上が必要です。その担保がないといい医療の継続は不可能です。
私が引っかかっているのは、自費の存在そのものではなく、「自費率を上げること=善」という、業界の雰囲気です。
ここで、私がずっと言葉にできずにいたモヤモヤを書いてみます。
「一人の患者を、お金も時間も度外視した治療計画を立て完璧に治す」。これは理想です。費用にも条件にも上限がなければ、それは間違いなく最高の医療かもしれない。歯周組織再生も、補綴も、矯正治療も、理想的なメインテナンスも全部できる。
でも現実には、それは100人いて、1人が受けられるかどうかの医療です。
では、残りの99人は、どこへ行くのでしょう。
自費率アップのセミナーでも、学会の華やかな症例発表でも、この99人の話は出てきません。語られるのは、いつも「払える1人にどう最高を届けるか」
理想的な医療を提供するために身銭を切って診療されている先生もおられます。私も日々努力をしていますが、理想的なものを達成するために日々努力されている先生には本当に素晴らしいと思います。
それも大事です。でも、私が南丹市で日々向き合っているのは、むしろその99人のほうなんです。
3. ジェフリー・ローズの問い ― 「病んだ個人」と「病んだ集団」
このモヤモヤを、公衆衛生は40年前にすでに言語化していました。
英国の疫学者ジェフリー・ローズ(Geoffrey Rose)が1985年に書いた論文、"Sick Individuals and Sick Populations"(病んだ個人と病んだ集団) です。

Rose G. Sick individuals and sick populations. International Journal of Epidemiology. 1985;14(1):32–38.
ローズは二つの問いを区別しました。その問いを歯科的に考えなおしてみましょう。
ひとつは「なぜこの患者は歯周病になったのか」。リスクの高い個人を見つけて手厚く治す ハイリスクアプローチ。 もうひとつは「なぜこの集団は、隣より歯周病が多いのか」。集団全体のリスク分布そのものを動かす ポピュレーションアプローチ。

「自費率を上げよう」は、ハイリスクアプローチを商業的に極限まで突き詰めた姿だと。払える1人に資源を集中させる発想です。
ローズは有名な逆説も残しました。「予防のパラドックス」。集団に大きな利益をもたらす対策ほど、受ける個人一人ひとりには利益が実感されにくい。逆に、目立つ重症者を手厚く治しても、集団全体の疾病量はあまり動きません。
症例の多くは「中リスクの大多数」から生まれるからです。
「一人を完璧に治しても、南丹市の歯周病は減らないのでは」という私の違和感は、まさにこれでした。
4. では、歯周病は本当に「社会」と結びついているのか
「とはいえ、歯周病はプラーク細菌と宿主応答の話だ。社会がどうこういう前に、磨けているかの個人差では?」
もっともな反論です。でも実は、歯周病の病因論そのものが、この100年で「磨けば防げる」から大きく離れてきました。ここを軽く振り返らせてください。
かつては 非特異的プラーク仮説 、要するにプラークは「量」が問題で、溜まれば病気になる、という考えでした。これはまさに「磨けば防げる=個人の努力」の世界観です。やがて 特異的プラーク仮説(Loesche, 1976)が登場し、量ではなく特定の歯周病原菌(P. gingivalis などのレッドコンプレックス)が犯人だとされました。
転機は1997年、Page & Kornman です。同じ細菌に曝されても、発症するか・どこまで進むかを決めるのは 宿主の免疫・炎症応答 であり、それを 遺伝因子と後天的・環境的リスク因子(喫煙・糖尿病など)が修飾する――いまも「古典的モデル」と呼ばれる枠組みを示しました。細菌がいるだけでは、病気は説明できなくなったのです。
そして2012年、Hajishengallis と Lamont のディスバイオシス(PSD)モデルへ。病気を起こすのは単一の悪玉菌ではなく、細菌叢全体の均衡の崩れ(ディスバイオシス) だ、と。少数の「キーストーン病原体」が宿主応答を撹乱し、常在菌の調和を病原性側へ傾ける、という見方です。
この流れが意味することは、はっきりしています。病因論の矢印は「プラークの量(個人の磨き残し)」から「宿主の応答と、それを修飾する環境」へと動いてきた。そして宿主応答を修飾する喫煙・糖尿病・ストレス・栄養は、まさに 患者周囲の環境 が左右するものです。

続いて、歯周病と社会との結びつきの研究を過去20年の系統的レビューで見ていきましょう。
2005年(Klinge & Norlund) ― 最初期の本格的レビュー。横断研究の多くはSESと歯周病の関連を支持しましたが、結論は慎重で、「喫煙を分析に含めると、社会経済変数は喫煙より重要度が低く見える」 でした。 J Clin Periodontol. 2005;32(Suppl 6):314–325.
実はこの一文こそ、SDH論への最大の反論として持ち出される論点です。でも、よく考えてみてください。喫煙率は、それ自体が学歴・所得で強く層化されている。低所得・低学歴ほど喫煙率が高い。だとすれば喫煙は「社会→歯周病」をつなぐ経路かもしれない。喫煙で調整して関連が消えるのは「社会は無関係」の証明ではなく、社会が喫煙という道を通って歯周病に届いているかもしれません。
2011年(Boillot ほか) ― 4万人超のメタ解析。低学歴群は歯周炎リスクが OR 1.86(95%CI 1.66–2.10)、喫煙などで調整してもなお OR 1.55(1.30–1.86) で残りました。社会的要因が、喫煙を差し引いても残ることが定量的に示された。 PLoS ONE. 2011;6(7):e21508.
2012〜2019年 ― 所得・職業・ライフコースへと視点が広がり、「人生のどの時点で低SESだったか」までが口腔の健康に効くことが示されていきます。
2024/2025年(Albandar) ― もはや「関連があるか」を越え、年齢・性差・所得・教育・医療アクセスの不平等が歯周病の格差をどう形づくるかが主題に。歯周病は、貧しく周縁化された人々に不均衡に重くのしかかる疾患だ、というのが現在の到達点です。 Periodontol 2000. 2025;98:125–137.(オンライン先行2024年1月13日)
ただこの辺は私も調べた論文が偏っているのでまだまだわからないことばかりです。

5. 自費の拡大は、「新しい社会的勾配」を生んでいないか
歯周病が社会経済状態と結びついているなら
そして私たちが「自費率を上げよう」と、払える人へ最良の医療を集中させていくなら
治療費が払える人と、払えない人の差は、開いていくのではないか。
つまり、自費の拡大は、歯科自身が 「新しい社会的勾配」 を作り出している可能性がある。最良のケアが上の層に集まり、99人がそこから取り残されていく。皆保険があっても社会的勾配が開いていくのではないか。
これが、私がずっと抱えていたモヤモヤの正体でした。「自費率を上げよう」という号令は、経営的には正しい。でも、地域全体の口腔の健康という物差しを当てた瞬間、別の顔が見えてくる。
私はまだ、この問いに答えを持っていません。自費を否定もしないし、「お金より人の心だ」みたいなきれいごとも言うつもりはない。医院は続けなければ、99人ですら救えないからです。
ただ「自費率を上げよう」だけが響き続ける世界に、もう一つの視点を、自分の中に置いておきたい。それが 集団を見る目=ポピュレーションアプローチ であり、SDHです。
6. 目の前の患者は、5つの壁を越えてきた人
ここで視点を、「集団」からもう一度「目の前の一人」へ戻します。ただし、さっきまでとは違う目で。
医療社会学者の Levesque は2013年、人が医療にたどり着くまでの道のりを、5つの壁(=越えるのに必要な能力) として描きました。
認知能力 ―― そもそも「自分に医療ニーズがある」と気づけるか
検索能力 ―― 必要な医療資源を見つけ出せるか
到達能力 ―― 距離や時間を越えて、そこへ行けるか
支払能力 ―― 費用を払えるか
参画能力 ―― 医療者と関わり、ケアを使い続けられるか

そして肝心なのは、この5つの能力すべてに、SDH(健康の社会的決定要因)が関わっていることです。情報へのアクセス、ヘルスリテラシー、移動手段、家計、医療者と関係を築く余裕――どれも、その人の暮らしの条件に左右される。
ここから導かれる事実は、静かですが強烈です。
いま私の診療室の椅子に座っているその人は、5つの壁をすべて越えてきた人だ。
潜在的なニーズに気づき、資源を探し、時間をやりくりして来院し、費用を工面し、私と関わろうとしている。その背後で、いくつもの社会的なハードルを、本人も気づかないうちに乗り越えてきている。とくに4つ目の 支払能力 ――前章までさんざん書いてきた、あの壁も含めて。
この図を講演で示した先生は、最後にこう添えていました。
そのような能力を発揮してきた人々を、私たちは(無意識に)傷つけてしまうことがある。
この一文が、私の中にずっと刺さったままです。壁を越えてここまで来てくれた人に、私は何をしているのか。次の章は、その問いです。
7. 自分に突きつけている、二つの問い
ここまで書いて、まだ答えの出ない問いが、自分の中に二つ残っています。きれいに解決できないまま、正直に並べます。
ひとつ目。良い医療は、結局、富裕層のものなのか。
良い医療には対価がいる。これは事実です。けれど突き詰めると、「最善の医療は、払える人のところにだけ集まる」という景色になる。歯周組織再生も、精密な治療も、理想的なメインテナンスも、お金と時間に余裕のある人から順に手が届く。
それは、本当に「仕方のないこと」なのでしょうか。私は「仕方ない」と言い切れない。でも「全部保険でやれ」とも言えない。医院が続かなければ、99人の一人も救えないからです。この板挟みに、まだ立ったままです。
ふたつ目。価値観教育をして、良い医療を選んでもらうのは、善なのか。
歯科では「価値観教育」がよく語られます。患者さんに口腔の価値を伝え、健康への投資を促し、「安ければいい」という思い込みを解く。私もやってきました。informed consent そのものだし、ヘルスリテラシーを上げる営みでもある。だから、善だと信じてきました。
でも、たまに思考が止まる瞬間があります。
それは本当に「教育」なのか。
それとも、「払える人に、もっと払ってもらう」ための説得ではないのか。
情報の非対称と、国家資格の権威を背景にして。
しかも、この価値観教育が効くのは、たいてい、もともと少し余裕のある層です。余裕のない人には、価値が伝わったところで、選ぶ手段がない。だとすれば、私が善意でやってきたことは、届く人にだけ届いて、かえって格差を急にしているのかもしれない。
「いい治療が受けられないなら諦めるしかない」と言わんばかりに。
良かれと思ってやっていることが、社会的勾配を立てている可能性がある。
この可能性を、私はまだ否定しきれずにいます。
この二つの問いに、まだわたしは答えが出せないです。ただ、「自費率を上げよう」と迷いなく言える世界の中に、この居心地の悪さを抱えたまま立っていたい。問いを閉じないことが、いまの私にできる誠実さだと思っています。
参考文献
Rose G. Sick individuals and sick populations. International Journal of Epidemiology. 1985;14(1):32–38.
Klinge B, Norlund A. A socio-economic perspective on periodontal diseases: a systematic review. Journal of Clinical Periodontology. 2005;32(Suppl 6):314–325.
Boillot A, El Halabi B, Batty GD, Rangé H, Czernichow S, Bouchard P. Education as a predictor of chronic periodontitis: a systematic review with meta-analysis of population-based studies. PLoS ONE. 2011;6(7):e21508.
(2012年・SES指標と歯周炎の総説 ― 正式公開時に書誌情報を再確認)
(2017年・ライフコースSESと成人期歯周炎の系統的レビュー ― 同上)
(2019年・所得と口腔健康のクリティカルレビュー ― 同上)
Albandar JM. Disparities and social determinants of periodontal diseases. Periodontology 2000. 2025;98:125–137.(オンライン先行 2024年1月13日, doi:10.1111/prd.12547)
[病因論の変遷] 8. Loesche WJ. Chemotherapy of dental plaque infections. Oral Sciences Reviews. 1976;9:65–107.(特異的プラーク仮説) 9. Marsh PD. Microbial ecology of dental plaque and its significance in health and disease. Advances in Dental Research. 1994;8(2):263–271.(生態学的プラーク仮説) 10. Page RC, Kornman KS. The pathogenesis of human periodontitis: an introduction. Periodontology 2000. 1997;14:9–11. 11. Hajishengallis G, Lamont RJ. Beyond the red complex and into more complexity: the polymicrobial synergy and dysbiosis (PSD) model of periodontal disease etiology. Molecular Oral Microbiology. 2012;27(6):409–419.
※本稿は筆者が公衆衛生・SDHを学習する過程で、原著論文にあたりながら執筆したものです。解釈の誤りはすべて筆者に帰属します。
