【著者メッセージ】 悲しい科目 数学――『おい点P、動くんじゃねえ!』を生みだすまで
とけいまわりさんの『おい点P、動くんじゃねえ!』が発売され、3か月あまり。おかげさまで早々に1万部を突破し、着々と版を重ねています。ありがたいことにお子さまや学校図書館向けに選んでいただくことも多い本書。新年度ということで、著者のとけいまわりさんに、中高生と学校図書館司書のみなさんに向けて、メッセージをいただきました。

悲しい科目 数学
皆様、こんばんは。先ほど、数学の授業が終わったところです。
今日も、授業中に机の周りを歩き、
「分からないところはありませんか?」
と声をかけて回りました。
ほとんどの人が笑顔で「大丈夫です」と言いますが、授業後に声をかけると、「ついていけなくて……」と悲しそうな顔になる人が出てきます。
「私がわからないと言うと、授業を止めてしまいそうで……」
悲しい。なんて数学は悲しい科目なのでしょう。
これが日本史なら「廃藩置県と版籍奉還の違いがわからなくて……」と泣くでしょうか。
「どうして地中海性気候は乾燥しているんですか……もう無理です……!」となるでしょうか。
体育は……泣いてしまうかもしれません。
跳び箱4段の前で「ガーンバレ!ガーンバレ!」と言われたあの日々がよみがえってきました。
……話を数学に戻しましょう。
なんて悲しい科目なのでしょう、数学。
「解けない……」と泣く生徒さん。
「私ダメなんです……」と落ち込む生徒さん。
どうして数学はこんなにも悲しくなるのでしょうか。
本書は、そんな悲しみにサヨナラを告げたくて、 ヤンキーのケンジと兄貴が数学に挑む物語になっております。
分数の割り算がわからないケンジ。
「とにかくひっくり返してかけ算って覚えたらいい」を受け入れられないケンジ。
理由がほしい。納得したい。ちゃんと理解したい。でも、授業はどんどん先に進んでしまう。次第に置いていかれたケンジ。
ケンジは知りたいのです。
どうして分数の割り算はひっくり返すのか。
「計算したら同じでしょ?」ではなく、分数で割るとは何をしているのか。
数学が苦手なケンジは、「そうかもしれねえけど、納得いかないっス!」と食い下がります。
生徒の皆さんにも、ケンジのように遠慮なく突っ込んでほしいという思いで、ケンジと兄貴のキャラクターを書きました。

すべてを一度に理解しなくてもいい
引き算やかけ算から始まり、「かけ算とは?」「割り算とは?」に踏み込み、「マイナス×マイナスの意味」を経て、皆さんが散々ツッコんできた「なぜか池を逆周りに走る兄弟」も登場します。
そしてケンジはサイン・コサインまでマスターして本書は終わります。
ケンジは、問題を解きながら、あちこちで間違えます。間違えもするし、結局理解できなかったり、「なんか俺には難しいや!」と言ったりもします。
最後のページで、ケンジは 「いやあ兄貴、今だから言うけど……俺、半分くらいは兄貴の言うこと、わかってなかったッスよ」とつぶやきます。
兄貴は 「いや、それでいいんだ、ケンジ。半分わかって、半分わからない。それがちょうどいいんだ」と答えます。
これは私が生徒の皆さんにいつも伝えている言葉です。
一度に理解できなくていい。
何か一つ、「わかった気がする」だけで十分です。
問題を解いたり、生活の中で計算したりしているうちに、じわじわと分かっていく。
それが数学です。
本書でもケンジは、全部は理解できずに終わります。そう、一度にすべても理解できなくてもいいんです。
算数や数学で納得のいっていないこと
本書を書くきっかけは、X(旧Twitter)での「算数や数学で納得のいっていないことはありませんか?」という投稿でした。
たくさんの質問をいただき、千本ノックのように回答していきました。
「なぜ池なのか!」
「なぜ一緒に回らないのか!」
「すれ違ったら一緒に帰ればいいじゃないか! 」
「弟が動いたら兄も動く。こんなの解けるわけがない!」
夢中で回答しました。
ツルカメ算は、ツルとカメの足の本数の差に注目して全体の差を捉えるシステムです。
商品Aとライバル社Bの値段の差だとしたら、いくらに設定すればいいかが見えてくる……
そんなことに繋がっていくのですよ、ツルとカメが。


動く点Pにもツッコミが殺到しました。
「動くな点P!」
「抑え込め点P!」
「点Qもしれっと動くな!」
みんなの「点P止まれ圧」がすごい。
動くな点P……
「おい点P、動くんじゃねえ!」
そうだ、これをタイトルにしよう……!
そんなやり取りをまとめて、1冊の本を出版することになりました。
この本は、皆さんからいただいた質問でできています。本当にありがとうございました。
モデルになった生徒たち
私は、昔、ケンジや兄貴たちのような生徒たちを教えていた時期がありました。この本は、昔の教え子たちをイメージして書きました。
最初の授業で「Xとか何言ってんだよ、今数学だろ? 英語やってんじゃねえ!」と言われたので、ケンジにも言ってもらいました。
そのケンジのモデルとなった生徒さんも、最後はサイン・コサインまで解けるようになったのです。
わかると嬉しくて、解けると知らせたくなる。
「自分で数学が解けた!」という声をたくさん聞いてきました。
やはり、解けると楽しいのです。
数学は怖いけれど、楽しい。
積み上げ科目と言われる算数と数学。
どこからわからなくなったのかも、自分が何をわかっていないのかもわからない。
わからないだらけの算数と数学。
でも、算数や数学はらせん階段のようにつながっています。
わからない時は昔に戻っていいのです。まさに「急がば下れ」。
あちこちがつながっているので、ある日突然、点と点がつながってパァァァ!と理解が進む瞬間が来ます。
自分なりに手を動かすことの大切さ
本書の中で、ケンジは何度も解き方を間違えます。
この、「解き方を間違えながら正解までたどり着く大切さ」も、本書で言いたかったことです。
間違っていたとしても、「自分で理解しようとした」姿勢が素晴らしく、この経験で手に入れた正解には大きな意味があります。
「先生が言うとおりに式を立てて、それを覚えて、答えを出す。先生が言っていないことはしちゃいけない」マインドは、一定の点数は出せるけどどこかでつまづいてしまいます。
学生時代は上手くいっても、仕事でつまづく日が来てしまうかもしれません。
自分で、トライ&エラーを繰り返しながら正解にたどり着く。算数や数学で一番身に着けたいのが、このトライ&エラーだと思います。
教える側が、子どもの試行錯誤を尊重し、見守る教育が広がればいいなと思います。
一人でも多くの方に、「あ、数学って楽しいかも」と感じていただけますように。
とけいまわり
◆とけいまわり
算数・数学の講師であり、算数・数学専門のライター。高校生から大人まで、数学が苦手な人に寄り添って25年。「昔から数学ができなかった」という学生の気持ちに寄り添った講義では、「中学のときに先生に出会いたかった」という声が続出。三女の母。Xアカウント6.8万フォロワー:@ajitukenorikiti
