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<IPCCの起源と原子力産業>


〜科学を政治に従属させた構造〜

※本稿は<地球温暖化にみる構造分析>の補完という位置付けです。

気候変動に関する政府間パネル、すなわちIPCCは、1988年に設立されました。科学的中立性を標榜するこの機関の起源を丁寧に辿ると、そこには二つの利権の影が重なって映し出されます。一つはスウェーデンから始まった原子力産業の政治的意図であり、もう一つは科学を政府管理下に置こうとしたレーガン政権の思惑です。いずれも気候変動の科学的解明とは別の動機から、IPCCという制度の形成に深く関与していました。

◼️ ボリンとパルメ 

IPCCの初代議長に就任したのは、スウェーデンの気象学者ベルト・ボリンでした。彼の経歴を辿ると、1988年以前から、CO₂温暖化論がスウェーデンの国内政治において特定の目的のために活用されていた事実が浮かび上がります。

まず1960年代、ボリンはスウェーデン首相オロフ・パルメの旧友として、酸性雨問題に関する最初の政府報告書を執筆しました¹。酸性雨の元凶として石炭火力発電が標的にされ、これがパルメの原子力推進路線の科学的根拠として機能したのです。政治史家のルパート・ダーウォールは著書『グリーン・タイラニー』(2017年)において、パルメ政権が環境問題を石炭産業攻撃の道具として意図的に活用したと論じています²。

続く1970年代、1973年の第一次石油危機を機にパルメ首相はエネルギー政策を転換し、1990年までに24基の原子力発電所を建設しなければスウェーデンは工業国として生き残れないと公言するほどの強硬な原発推進路線をとりました³。この文脈のなかで1975年、ボリンはスウェーデン政府のエネルギー政策審議会でCO₂と気候変動に関する報告を行い、同年のスウェーデン政府エネルギー計画にその知見が組み込まれました。これが世界の国家政策においてCO₂温暖化論が正式に言及された最初期の事例のひとつです⁴。

酸性雨で石炭を攻撃し、温暖化論でCO₂排出を悪玉化する。これは原子力を相対的に有利にするための二段構えの言説戦略でした。科学的主張の正否とは無関係に、誰がその言説を必要としていたかを問えば、答えは明快です。

◼️ レーガン政権 

IPCCの起源に関わる第二の力学は、アメリカに由来します。1988年当時、独立した科学者集団はすでに気候変動に関する積極的な政策提言を始めていました。同年6月にはNASAの科学者ジェームズ・ハンセンが米上院で人為的温暖化を証言し、同年7月のトロント会議では科学者たちがCO₂排出の大幅削減を求める宣言を発表しました。

保守的なレーガン政権は、こうした独立科学者による政治的発言に危機感を抱きました。そして下した判断は、気候変動問題に反対することではなく、科学的助言プロセスを政府の管理下に置くことでした。独立した科学者ではなく、各国政府が任命した代表者によって管理される機関。これがIPCCという政府間パネルの設計思想の核心です⁵。

ケンブリッジ大学出版局から刊行された批判的研究書は、この経緯をこう整理しています。米国がIPCCに政府間的設計を求めた主要な動機のひとつは、特に温室効果ガス削減に向けた政府行動に関する決定において、プロセスをより強く制御することにあったと考えられる⁶。

つまりIPCCは、気候変動対策を推進するために設計された機関ではなく、独立科学者による政策介入を封じ込めるために科学を政府が管理する装置として、アメリカの主導のもとに形成されたのです。設立当初から科学を政治に従属させる構造が意図的に組み込まれていたわけです。

◼️ 二つの動機

スウェーデンの原子力利権と米国の政治的制御欲求。この二つの動機は、1988年のIPCC設立において奇妙な形で合流しました。

ボリンはスウェーデン発のCO₂温暖化論を国際的な権威として体現する存在であり、その科学的評判が初代議長の座を正当化しました。一方、レーガン政権は独立科学者を封じ込めるための政府間制度を必要としており、ボリンのような科学者を看板に据えた国際機関がその目的に合致していました。

皮肉なことに、原子力を推進したいスウェーデンと、気候政策を制御したいアメリカという、本来は利害が異なりうる二者が、CO₂悪玉論を政府管理の科学として制度化するという一点において利害を共有していたのです。

◼️ 構造が産んだ帰結

IPCCが政府間機関として設計された結果、各国政府の承認を経なければ報告書が公表されない構造が生まれました。科学的見解と政治的判断が不可分に絡み合うこの仕組みは、後に政策決定のための文書と科学的事実の混同を制度的に生産し続けることになります。

初代議長のボリン自身、後年の著書のなかでIPCCの最初の10年間において人為的気候変動は証明された事実ではなく、もっともらしい仮説に過ぎなかったと認めています⁷。不確かな科学が政治的確信として流通する回路は、設立の瞬間から組み込まれていたのです。

CO₂温暖化論を原子力推進の道具として使ったスウェーデン、科学的助言を政府の手に取り戻そうとしたアメリカ。いずれの動機もIPCCが純粋な科学機関ではないことを示しています。設立の起源に立ち返ることなく、IPCCの報告書を無批判に科学的合意と呼ぶことは、この制度の本質的な性格を見誤ることになります。


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脚注


¹ ボリンは1972年のストックホルム国連人間環境会議に向けて、スウェーデンのケーススタディとして酸性化問題に関する最初の包括的な政府報告書を執筆した(Tellus B誌掲載のボリン追悼論文, 2013年)。


² Rupert Darwall, *Green Tyranny: Exposing the Totalitarian Roots of the Climate Industrial Complex*, Encounter Books, 2017. 同書はパルメ政権が酸性雨・温暖化論を石炭攻撃・原発推進の政治的道具として活用したと論じている。ダーウォールはケンブリッジ大学で経済学・歴史学を修めた政策分析家。


³ パルメの1990年までに24基発言はスウェーデンの議会記録に残る。Clexit関連文書(ResearchGate, 2018年)ほか複数の文献が引用している。


⁴ Bert Bolin, “Energi och klimat”(エネルギーと気候), スウェーデン政府エネルギー政策審議会での発表, 1975年9月1日。オロフ・パルメ文書館(スウェーデン労働運動文書・図書館)所蔵。1975年のスウェーデン政府エネルギー計画への影響については、*Environment and History*誌掲載論文 “A Question of Utter Importance: The Early History of Climate Change and Energy Policy in Sweden, 1974–1983” (2021年) が詳述している。


⁵ Union of Concerned Scientists, “Creating the IPCC: How to Speak Truth to Power” (2007年11月1日付ブログ). レーガン政権は独立科学者による強い政策的発言を恐れ、各国政府が任命する代表者の直接管理下に置かれる機関の設立を支持したと記述している。


⁶ Cambridge University Press刊, *A Critical Assessment of the Intergovernmental Panel on Climate Change*, Governance chapter. 米国がIPCCの政府間設計を推進した主要動機のひとつは、温室効果ガス削減に向けた政府行動に関する決定を強くコントロールすることにあったと考えられる(Haas & McCabe, 2001を引用)。


⁷ Bert Bolin, *A History of the Science and Politics of Climate Change: The Role of the Intergovernmental Panel on Climate Change*, Cambridge University Press, 2007. ボリン自身の半自伝的記述において、IPCC初期の科学的不確実性を認めている。


参考文献


**一次資料**


- Bert Bolin, “Energi och klimat,” Energy Council hearing presentation, 1 September 1975(オロフ・パルメ文書館所蔵)

- Bert Bolin, *A History of the Science and Politics of Climate Change*, Cambridge University Press, 2007

- UN General Assembly Resolution 43/53, 6 December 1988


**学術論文・書籍**


- Agrawala, S. (1998). “Context and Early Origins of the Intergovernmental Panel on Climate Change.” *Climatic Change*, 39, 605–620.

- Haas, P.M. & McCabe, D. (2001). “Amplifiers or dampeners: International institutions and social learning in the management of global environmental risks.” In: *Learning to Manage Global Environmental Risks*, MIT Press.

- Knaggård, Å. (2014). *Vetenskaplig Osäkerhet I Policyprocessen*(政策過程における科学的不確実性).

- “A Question of Utter Importance: The Early History of Climate Change and Energy Policy in Sweden, 1974–1983,” *Environment and History* (2021).

- Cambridge University Press, *A Critical Assessment of the Intergovernmental Panel on Climate Change*, Governance chapter.

- Rodhe, H. (2013). “Bert Bolin (1925–2007) – a world leading climate scientist and science organiser.” *Tellus B*, 65.


**批評的文献**


- Rupert Darwall, *Green Tyranny: Exposing the Totalitarian Roots of the Climate Industrial Complex*, Encounter Books, 2017.

- Fraser Institute, “The Hand of Government in the Intergovernmental Panel on Climate Change” (2022).

- Union of Concerned Scientists, “Creating the IPCC: How to Speak Truth to Power” (2007).

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