バンコクの、昔の私。
タイはみんな大好きである。タイ料理は美味しい。微笑みの国。最近はそうでもないが、ちょっと前までは物価も安かった。暖かいし(暑い)、なんというか、のんびりとしてリラックスできる。私が初めて行った海外。それはタイだった。
ずいぶん昔である。もちろん20世紀。ぜんぜん20世紀である。携帯もない。インターネットもない。当然ソーシャルメディアもない。信じられないでしょう。そういう時代があったのです。海外に行くにはトラベラーズチェックという小切手をつくって持っていきます。笑っちゃうね。今じゃ考えられません。
今はバンコクの空港といえばスワンナプーム国際空港であるが、この空港は新しい。2006年開港である。私が初めて行った時はそんなものはない。そこはたぶん単なる沼地だったでしょう。バンコクの空港といえばドンムアンである。あの暗闇に薄暗く赤いロゴで浮かぶ、電気足らないのかなと心配になっちゃう、あの空港である。ネオンサイン(LEDじゃなくてガス管)、ねっとりとした湿り気、オレンジ色の街灯。旅情とはそういうものなのだ。
そしてお金のない若者がバンコクで宿を取るのはもちろんカオサン・ロードである。世界のバックパッカーの聖地。バンコクの旧市街にあり、王宮やワットポーの北、歩いて10分ぐらいのところにある。便利である。なお、当時はMRT(地下鉄)もBTS(スカイトレイン)も何もない。なので、金無しは歩くしかない。あとはトゥクトゥクと無限に終わらない値段交渉。路線バスはあるんだけど、エアコンがないので、排気ガスと熱気ガスで歩くより疲れる。タクシーはメーターがあったりなかったり。もうカオスなのだった。
カオサンのホテルに値段表などは存在しなかった。いちいち入り口のおばちゃん(女性が多かった)に、値段を聞く。だいたい高いことをいってくる。その半額をいってみる。犬でも追い払うかのようにしっしっされる。次のホテルで同じことをする。これを繰り返す。10軒ぐらいやると大体の相場がわかってくる。そうしたら最初に戻り、その相場よりやや安い値段で再交渉。いいよとなっても、すぐに決めてはいけない。まず部屋を見せてもらう。シャワーはあるのか。お湯は出るのか。ベッドに布団はあるのか。ノミシラミは大丈夫か、などなど。チェック項目はたくさんある。
宿を決めたら次は食事である。カオサンは屋台がたくさんある。そして安い(ただし交渉せよ)。そこかしこで何かを炒める音。氷水を張ったバケツに勢いよく入れる瓶のコカコーラがかちゃかちゃと鳴る。食べるものは、パッタイ(焼きそば)、カットフルーツ、さそりの串焼まである。ゴキブリ焼き(みたいなやつ。タガメとかコオロギかもしれない。知りたくない)もあったかもしれない。腹さえ満たせばよいのであれば、カオサンで飢えることはない。私はゴキブリを食べないで飢え死することを選びたいが。
夜のカオサンも楽しい。ただしうるさくて寝られない。あちこちで爆音で音楽が響き、路上には世界中から集まったバックパッカーたちがビール片手(ビアシンとかビアチャンとか安いビールがたくさんある)に盛り上がっている。ウィスキーもある。メコンウィスキー。本当はウィスキーじゃなくてラム酒に味つけたやつらしいが、そんなことはどうでもいい。やや薬くさいので、ソーダ割りにしてライムを絞ると飲める。目が潰れるとか言われていたが、私は今でも見えているので大丈夫。メコン、まだあるのだろうか。あ、飲み物に氷が入っていると、100%お腹を壊す(当時は水が悪かった)。トイレで唸るまでがバンコクでの夜のコースなのである。
夜遅くまでカラフルな屋台や夜店が通りいっぱいに立ち並び、昼間のような明るさがいつまでも続く。間違いなく偽物のNikeやAdidasのTシャツ、薄手のピロピロした生地のタイパンツ、地方に激安で行くためのツアーデスク、長距離バスのチケット売店。ここにくればなんでもある。ドンキホーテもびっくりのカオスぶり。それが20世紀のバンコク、カオサン通りだった。
最近バンコクに行っていないけれど、国が経済的に豊かになり、きっと街は見違えるようにきれいになり、あの頃のカオサンはもう昔話になっていることだろう。そうあるべきだと思うし、私は綺麗で豪華なホテルが大好きだし、値段交渉は嫌いである。ベッドで虫に食われるのもいやだ。しかし昔のカオサン通りに立ち込めていたあのエネルギーに満ちた風。パッタイと道にこぼれたビアシンの匂い。失ってしまったあの若さに、少し懐かしさを想う。決して戻れないけれど、一方通行の人生で止まるべき交差点で一時停止して、左右を見ていた若者だった自分に、ちょっと声をかけてみたい。このエッセイを書いていて、そんな気持ちになった。
