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【検証】「タイトルだけで小説書いて」とGPT-5.4に無茶振り。返ってきたのは、書き手が泣く「創作あるある」だった

最近、noteの更新が滞り気味ですみません!
Web小説『晩年こそ本番』の執筆が佳境(あるいは遅れ気味……)で、こちらがすっかり放置状態になってしまっていました。

そんな中、愛用しているチャッピー(ChatGPT)がGPT-5.4にバージョンアップしたとのニュースが。
ライティング性能の向上はもちろんですが、コンテキストウィンドウが「1M(100万)トークン」にまで拡張されたということで、長尺のやり取りもスイスイです。

最近では「AIによる小説のポン出し(プロンプト一つで書き上げること)」も話題ですが、ふと、自分がポストした内容を思い出しました。

この一昔前の「なろう系」っぽいタイトル。
ふと、「これをそのままチャッピーに投げたら、一体どんな物語を生成するんだろう?」と好奇心が湧いてしまいました。

条件は、タイトルのみの「ポン出し」。
以下のプロンプトを入力してみました。

『アクセス解析画面を覗いてみたら、その「ぜんぜん」の基準が人によって違いすぎていた件――絶望の5PVと、爆死扱いの10,000PV。隣の芝生が青いどころか、そもそも芝生の定義が違った話。』というタイトルで短編小説を書いて。

プロンプト

すると、返ってきたのは約6,267文字の短編小説。
一気に読み切ってしまいましたが……普通に「小説」として成立しているんです。
以下、出力された小説です。

アクセス解析画面を覗いてみたら、その「ぜんぜん」の基準が人によって違いすぎていた件――絶望の5PVと、爆死扱いの10,000PV。隣の芝生が青いどころか、そもそも芝生の定義が違った話


 その日、僕はたぶん、見てはいけないものを見たのだと思う。

 いや、違うな。
 正確に言えば、前からうすうす気づいていた“創作者界隈の歪み”を、数字という形で真正面から浴びてしまった、というべきか。

 日曜の午前十一時。
 コンビニで買ってきた百八円のアイスコーヒーを机の横に置き、僕はいつものように小説投稿サイトのアクセス解析画面を開いた。

 連載中の作品の最新話を更新した翌朝。
 この瞬間は、何度経験しても心臓に悪い。

 昨夜、投稿ボタンを押したときは手応えがあった。
 文章のテンポも悪くなかったし、会話も自然だった。伏線も一本置いた。ラストも少し引きを残して終えた。自分なりには、かなり良い回だったと思う。

 だからこそ、怖い。

 アクセス解析というやつは残酷だ。
 努力、睡眠時間、削った休日、推敲回数、そういう“こっちの事情”を一切考慮しない。
 ただ、数字だけを無表情に置いてくる。

 PV。
 ユニーク。
 ブクマ増減。
 評価ポイント。
 感想件数。

 人生の通知表にしては、やけに更新頻度が高い。

「……よし」

 僕は深呼吸し、画面を見た。

 昨日投稿した最新話のPVは――

 312PV。

「おお……?」

 思わず声が出た。

 いや、すごくないか?
 僕の普段の初動からすると、悪くない。むしろ良い。かなり良い寄りだ。少なくとも“静かに死んだ回”ではない。ブクマも二件増えている。感想も一件入っていた。

 いける。
 今回はいけるかもしれない。

 久しぶりに胸の奥が明るくなった。
 創作をやっていると、こういう小さな“報われ感”が麻薬になる。

 僕は浮かれたまま、ついSNSを開いた。

 これが、すべての始まりだった。

 タイムラインには、見慣れた投稿が並んでいた。

『新作、ぜんぜん読まれない……』
『今回マジで伸びない』
『もうだめかも』
『爆死した』
『心折れそう』

 創作者の嘆き。
 見慣れた光景だ。僕自身だって何度も似たようなことを思ってきた。

 親近感を覚えながら、何人かの投稿を流し見していた、そのときだった。

『いや、今回は本当にぜんぜん。24時間でまだ1.2万PVしかない。終わった……』

「待って」

 声が出た。

 僕はスマホを持ったまま固まった。

 今、なんて?

 1.2万PVしかない?

 しかもそれに対して、リプ欄では

『それはきついですね……』
『アルゴリズム変わったのかも』
『読者離れ怖いですよね』
『分かります、私も8,000しかなくて泣いてます』

 などという、別世界の会話が繰り広げられていた。

「……は?」

 口が悪くなるのは許してほしい。
 人間、理解を超えた現象を前にすると語彙が消える。

 僕はもう一度、自分のアクセス解析画面を見た。

 312PV。

 さっきまで、かなり良い数字だったはずの312PVが、急に河原の小石みたいな顔をし始める。

 いや、待て待て。
 比べるな。比較は良くない。土俵が違う。フォロワー数も違うし、作品ジャンルも違うし、連載の長さも違う。積み上げが違う。冷静になれ。僕。

 自分にそう言い聞かせながらスクロールする。

『新作、まじで絶望。初日5PV』
『通知来たと思ったら自分の確認アクセスだけ』
『家族にも読まれてないかもしれん』
『さすがに泣く』

 今度は逆方向の世界が現れた。

 5PV。

 その数字を見た瞬間、僕の胸がぎゅっと痛んだ。

 ああ、それはきつい。
 それはほんとうにきつい。

 創作をしたことがない人には分かりづらいかもしれないが、5PVという数字には独特の重みがある。

 作品を公開する前って、みんな少しは夢を見るのだ。
「自分の文章なら、誰か一人くらい刺さるかもしれない」
「タイトルは結構いい感じだし」
「冒頭も頑張った」
「今回はいけるかも」

 そうやって、ほんの少しだけ期待してしまう。

 それが、5。

 片手で数えられる現実。

 しかも、そのうち何人かは自分の確認アクセスの可能性がある。
 すると実質、世界からの反応はもっと少ないかもしれない。

 それはたしかに、絶望だ。

 だから僕は、その5PVの投稿に対しては素直に「分かる……」と思った。

 でも、その直後に1.2万PVで爆死扱いしている投稿が流れてくるから、脳が処理できない。

 絶望の5PV。
 爆死の10,000PV超え。

 同じ“ぜんぜん読まれない”でも、意味が違いすぎる。

 隣の芝生が青いどころじゃない。
 そもそも芝生の定義が違う。

 片方は校庭の端の雑草を見ていて、もう片方はゴルフ場のベントグリーンの仕上がりに眉をひそめている。
 それを同じ「芝の悩み」でまとめていいのか。

 その日の午後、僕は創作仲間のグループ通話に参加した。

 日曜になると、だいたい誰かが作業通話を開く。
 執筆しながら雑談したり、更新の話をしたり、時々ただ数字に傷ついた者同士が集まって、静かに回復する会になる。

 今日は僕を含めて四人だった。

 大学生のころから書いていて、地道に連載を続けている美月さん。
 感性派で、会話文が異様にうまいが数字の話になると急に目が死ぬ蓮さん。
 商業経験もあり、最近は新作準備中の真鍋さん。
 そして僕。

「で、どうでした? 昨日の更新」

 最初に聞いてきたのは美月さんだった。

「僕はまあ……三百ちょいですね」

「え、いいじゃないですか」

「いや、僕基準では良かったです。かなり」

 そう言いながらも、午前中に見た“爆死の1.2万PV”が脳裏をよぎる。
 美月さんも似たようなことを思ったのか、苦笑した。

「基準、ほんと人によりますよねえ」
「今日それ思いました」
「分かる」と蓮さんがかぶせてくる。「この前、相互さんが『ぜんぜん伸びない、まだ日間二位』って言ってて、何の話だよってなりました」
「二位で?」
「二位で」
「強い」
「いやもう、山で『ちょっと坂道きつい〜』って言ってる人の横で、こっちは地面にめり込んでる感じ」

 そこで真鍋さんが笑った。

「でも逆に、本人は本気でへこんでるんですよ。前回がもっと良かったから」
「それはまあ、そうでしょうけど」
「創作の苦しみって、絶対値じゃなくて“自己ベストとの差”で来るから」

 その言葉に、僕は少し黙った。

 たしかにそうだ。

 初めて100PVを超えたとき、僕は舞い上がった。
 スマホを見ながら、一人で小さくガッツポーズをした。
 そのあと200を超え、300を超え、たまに500近く行くことも出てくると、いつの間にか100では足りなくなった。

 人間は慣れる。

 怖いくらい、慣れる。

「最初って、10PVでもうれしかったですよね」
 僕が言うと、美月さんが即座にうなずいた。
「分かります。1ブクマで祭りでした」
「感想一件来たら、スクショ撮って保存してた」
「今でも撮ってます」と蓮さん。
「それは健全」と真鍋さん。

 少し空気がゆるんだ。

 通話越しの雑音の中で、誰かがキーボードを打っている音がする。
 創作仲間とのこういう時間は、不思議と落ち着く。数字に一喜一憂している自分が、自分だけじゃないと確認できるからだ。

 けれど、その平和は長く続かなかった。

 通話に新しく一人、入室音が鳴った。

『あ、どうもー。お疲れさまです』

 現れたのは、界隈でもちょっと有名な人だった。
 フォロワーも多く、作品も何作か大きく当てている。SNSでは気さくで感じのいい人だ。悪い人ではない。たぶん。

『みなさん更新どうでした?』

 何気ない雑談のノリで聞かれ、美月さんが先に答える。

「私はまあ、ぼちぼちでした」
『どれくらい?』
「えっと、初日四百くらいです」
『えー、全然じゃないですか』

 場が、一瞬だけ止まった。

 本人には悪気がなかったのが、むしろきつい。

 美月さんは「あはは、私基準だとまあまあです」と笑って流した。
 でも、その笑いのあとにほんの少しだけ間が空いたのを、僕は聞き逃さなかった。

 たぶん、みんな聞こえていた。

『自分も今回ダメで、まだ八千なんですよね』
「八千」
『はい。いや、ほんと下がりました』
「八千……」
『前作だと初日二万は行ってたので』

 なるほど。
 その人にとっては八千は“落ちた”なのだろう。たしかに前作二万から見れば厳しいのかもしれない。

 理屈では分かる。
 分かるのに、感情が追いつかない。

 蓮さんがミュートにした気配がした。たぶん笑いをこらえたか、逆に何か言いそうになったかのどちらかだ。

 僕はコーヒーを飲んだ。
 ぬるかった。

『まあでも、数字って運もありますしね』
 その人は軽くそう言って、それから別の話題に移った。

 運。

 運、か。

 それも、分かる。
 でも、運で片づけるには、こっちはだいぶ時間も魂も削っている。

 通話を抜けたあと、僕はしばらく机に突っ伏していた。

 何がきついって、誰も嘘をついていないことだ。

 5PVで絶望する人も、本当に絶望している。
 10,000PVで爆死扱いする人も、本当にへこんでいる。
 300PVで喜ぶ僕も、本当にうれしかった。

 全部、本物なのだ。

 それぞれが、それぞれの立っている場所から、ちゃんと苦しんでいる。
 なのに、数字だけ並べると、同じ言葉を使っているのがバグみたいに見える。

 “ぜんぜん読まれない”。

 この言葉の中に、
 5PVの孤独も、
 300PVの慎ましい喜びも、
 10,000PVの焦燥も、
 全部入ってしまう。

 言葉って雑だ。

 でも、だからこそ、すれ違う。

 たぶん創作者って、想像以上に“自分の基準”に閉じて生きているのだと思う。
 過去の自分、前作の自分、昨日の自分、ランキングの一つ上の誰か。
 比較対象はいつだって自分の近くにある。

 だから、五桁PVの人は五桁PVの悩みを持ち、二桁PVの人は二桁PVの痛みを抱える。
 同じ土俵で話しているつもりで、実際には標高の違う山で遭難している。

 僕はパソコンを閉じて、少しだけ散歩に出た。

 外はやけに天気が良かった。
 創作者のメンタルとは無関係に、空は青い。

 近所の公園を歩きながら、ふと高校時代のことを思い出した。

 陸上部だった友人が、県大会止まりで「全然だめだった」と落ち込んでいたことがある。
 そのとき僕は、運動が苦手な帰宅部として「県大会行けるだけで十分すごいのでは」と思った。
 でも彼にとっては、全国を狙っていたから“だめ”だったのだ。

 あれと同じかもしれない。

 上を見れば足りない。
 下を見れば恵まれている。
 でも人は、上も下も同時には見られない。

 歩きながらスマホを開く。
 また、創作者たちの投稿が流れてくる。

『今日も5PV。でも一人でも読んでくれるなら続ける』

 その投稿に、僕は足を止めた。

 飾り気のない一文だった。
 いいねも、そんなに多くなかった。
 でも、その言葉には変に胸を打たれた。

 一人でも。

 言うのは簡単だ。
 でも実際、数字が伸びない中でそれを言えるのは、強い。

 少なくとも、僕よりは。

 僕はアクセス解析ばかり見ていた。
 作品そのものより、反応の形ばかり気にしていた。
 いや、もちろん反応はほしい。読まれたい。評価されたい。ランキングにも乗りたい。そんなの当たり前だ。

 でも、それだけじゃないはずだった。

 最初に書き始めた夜のことを思い出す。
 誰に命じられたわけでもなく、誰に見せるあてもなく、それでも頭の中にいたキャラクターたちをどうしても形にしたくて、夢中でキーボードを叩いた。
 あのころの僕は、PVの桁なんて知らなかった。

 知らないままでも、楽しかった。

 帰宅して、僕は久しぶりに第一話を開いた。

 粗い。
 今見ると、文章もけっこう荒いし、説明も多い。構成も甘い。勢いだけで書いている箇所もある。

 でも、熱だけはあった。

「……これ、好きだったな」

 自分で書いたのに、他人事みたいにそう思った。

 好きだった。
 この物語を。
 この主人公を。
 この相棒との掛け合いを。
 この先に待っている展開を、書く前から一人で楽しみにしていた。

 その気持ちは、たぶん今もなくなっていない。

 数字に埋もれて見えにくくなっていただけだ。

 パソコンを立ち上げ、次話の原稿を開く。
 途中まで書いて止まっていたシーンが表示される。主人公が、失敗して落ち込んでいる相棒に向かって、何か声をかける場面だった。

 カーソルが点滅している。

 僕は少し考えて、それから打ち始めた。

『他人の基準で自分の足元を測るな。昨日のお前より一歩進んでるなら、それで十分だ』

 書いてから、苦笑する。

 ずいぶん都合のいい台詞だ。
 でも、今の僕には必要な言葉だった。

 画面の向こうのキャラクターは、当然そんな事情を知らないまま生き生きと動き始める。セリフがつながり、情景が立ち、場面が転がり出す。

 不思議だった。
 さっきまでアクセス解析に心を削られていたのに、物語を書き始めると、少しずつ呼吸が戻ってくる。

 ああ、これだ。

 数字に傷つくのも創作なら、
 数字を忘れる時間があるのも創作だ。

 その夜、更新前にもう一度だけアクセス解析を見た。

 最新話のPVは、朝の312から467まで伸びていた。
 ブクマはさらに一件増え、感想ももう一件ついていた。

 もちろん、爆発的な数字ではない。
 界隈には、これを“全然”と呼ぶ人もいるだろう。

 でも、僕にとっては違う。

 467。

 これは、確かに467だ。

 5ではない。
 10,000でもない。
 僕の467だ。

 小さいか大きいかなんて、誰のものさしを持ち込むかで変わってしまう。
 だったら、少なくとも今この瞬間くらいは、自分の基準で喜んでやってもいい。

 僕は感想欄を開いた。

『更新ありがとうございます。主人公の台詞、刺さりました。来週も楽しみにしてます』

 たった一行。
 でも、それで十分だった。

 ああ、届いてる。

 ランキングの頂点までは届かなくても、
 界隈の何万人にも届かなくても、
 少なくとも、ここには届いている。

 それなら、今日は書ける。

 そう思った。

 SNSを開くと、相変わらず誰かが「伸びない」と嘆き、誰かが「爆死」とつぶやき、誰かが「初感想きた」と歓喜していた。

 きっと明日もそうだろう。
 創作者たちは、それぞれ違う芝生の上で、違う空を見ながら、同じようにため息をつく。

 隣の芝生は青い。
 ただし、その芝生が校庭なのか庭園なのかゴルフ場なのかは、近づいてみるまで分からない。

 だからたぶん、必要なのは羨むことでも見下すことでもなくて、
「ああ、その人にはその人の地獄があるんだな」
と、少しだけ想像することなのだと思う。

 5PVの絶望も、
 300PVの喜びも、
 10,000PVの焦りも、
 全部、本人にとっては本物なのだから。

 僕は新しい話数の投稿画面を開いた。

 タイトルを入力し、あらすじを確認し、本文を流し込む。
 最後に、深呼吸を一つ。

 投稿ボタンの青さは、いつ見ても少し怖い。

 でも今日は、前よりほんの少しだけ、ましだった。

「よし」

 クリックする。

 画面に表示される、投稿完了の文字。
 それを見てから、僕は静かにノートパソコンを閉じた。

 明日また、数字を見るだろう。
 たぶん一喜一憂もする。
 誰かの一万PVに勝手にへこんで、誰かの五PVに胸を痛めて、自分の数字に希望を見たり絶望したりする。

 それでも、書く。

 なぜなら僕はたぶん、アクセス解析のためだけに書いているわけじゃない。
 傷つきながらでも、比べてしまいながらでも、それでもなお、自分の物語の続きを知りたいから書いている。

 そして願わくば、明日アクセス解析画面を開いたとき、
 僕の“ぜんぜん”が、昨日より少しだけやさしい意味になっていますように。


タイトルがタイトルだけにメタ的な内容ではありますが、これだけの分量を一瞬で、しかも破綻なく出力してくる性能には驚かされます。

AIが提示した「続編のプロット」が、作家の心に刺さりすぎる

さらに驚いたのは、この短編の「続きの展開」を尋ねた時のことです。
返ってきた第2話〜第4話の案が、あまりにも執筆者の心理を突きすぎていました。

第2話案

「感想欄を開いたら、たった一行の“面白かったです”に救われた夜――でもその直後、“ここ矛盾してません?”で致命傷を負った話」

展開:
• 主人公、少ないながらも感想が来て喜ぶ
• そのあと指摘感想が来て落ち込む
• 一日中その一文が頭から離れない
• でも読み返すと、指摘はわりと正しい
• 修正するか悩みつつ、「読んでくれたからこその指摘」と気づく

これはかなり共感を取りやすいです。

第3話案

「ブクマが1件増えて3件減った日、僕は“読まれた”ことより“去られた”ことばかり気にしてしまった」

展開:
• 朝にブクマ増で喜ぶ
• 夕方にまとめて減って絶望
• “増えた人”より“去った人”が気になる自分に嫌気
• 創作仲間から「去る人は静かだけど、残る人も静かだよ」と言われる
• 最後に、更新待ちしていた読者の存在が見える

これも強いです。

第4話案

「ランキングに入った日、嬉しいはずなのに“上には上がいる”ことを知って素直に喜べなかった」

展開:
• 主人公、初めて小さなランキング入り
• ずっと夢見てたはずなのに、上位陣を見て逆に落ち込む
• “叶った瞬間に、次の不足が見える”現象
• それでも友人や読者はちゃんと祝ってくれる
• 喜ぶべき日はちゃんと喜べ、と自分に言い聞かせる

これはシリーズの中盤に置くと映えます。

……いかがでしょうか。
「これ、私のことかな?」と思ってしまうほど、創作活動における「あるある」の解像度が高いですよね。

AIが単なる文章作成ツールを超えて、作家の抱える「孤独」や「葛藤」までもパターンとして理解し始めている……そんなことを考えさせられる体験でした。

さて、チャッピーに感心してばかりもいられません。
私も自分の『晩年こそ本番』の続きを、しっかり書き進めたいと思います!


▼ 小説『晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョンを攻略する』を読む


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