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短編小説275「水はもうない」後編

 存在をオアシスの水に例えるなら、それは常に私の渇いた喉を優しく潤す豊かで清らかな水だ。しかし、時間帯や角度によっては、強烈な太陽の光を反射して、直視できないほど眩しく輝くことがある。自分の至らなさが浮き彫りになるようで、時にその眩しさに耐えかねて目を伏せてしまうこともあった。
 それでも、その水によって確かに心が潤されたという心地よい感覚は、身体の奥深くがはっきりと覚えていて、何度でもまたあの場所へ行きたいと私に思わせてしまうのだ。
 もう二度と会えなくなる未来は、想像に難くない。退職してしまえば、生活圏の違う私たちが再び会うことなど、奇跡でも起きない限りあり得ない。むしろ、これからも当たり前のように会える未来を想像する方が、はるかに難しくて非現実的だ。
 それでも私は、そんな都合の良い後者の未来を、まるでおとぎ話の夢物語のように思い描いてしまっている。もうすぐ「現実」という名の鋭利なナイフが、容赦なく私の胸に突き刺さるだろう。いくら現実逃避を続けても無駄だと理屈では分かっているのに、未練がましく夢を見続けている。そんな幼稚でみっともない自分の姿を、大きな鏡にでも映し出して、きつく叱りつけてやりたい気分だ。
 だが、私がすがろうとしている鏡は、もうどこにもない。そこにはオアシスの水面すら残っておらず、自分の惨めな姿を映して自嘲することすら許されないのだ。見渡す限り、ただただ無機質で乾いた砂が広がっているだけだ。これから先、どんなに空に向かって願っても、祈り続けても、彼女がこの場所に戻ってくることは決してない。もういっそのこと、この残酷な事実ごと分厚い包装紙でぐるぐる巻きにして、初めから何も見えなかったことにしてしまいたい。
 昨日まで当たり前のようにそこに存在していた現実は、ある日不意に、何の予告もなく現実ではなくなる。これまでの人生の中で、そんな喪失の経験を何度も繰り返してきたはずなのに、喉元を過ぎればすっかり忘れてしまっていたり、今の平穏な日常が「不変的なもの」だと勝手に錯覚して過ごしてしまったりする。今回の別れは、そんな傲慢で学習能力のない私自身への、痛烈な戒めの言葉なのかもしれない。
 この先、私が自らのエゴとともに乾いた砂の底へ深く埋もれる未来を選ぶのか、それとも重い足を引きずってでも砂漠を歩き出し、新たなオアシスを探すための長い旅に出るのかは、今の私には分からない。だがどちらの道を選ぶにしろ、私は今日、一度だけ天を仰ぐだろう。すぐ目の前にある「別れ」という事実を、どうしても受け止めきれなくて。
 彼女は死んでしまったわけではなく、まだこの同じ世界のどこかで確かに生きているというのに。ほんのわずかでも、いつかまたどこかで会える可能性だってゼロではないはずなのに。
 私がこの喪失感を受け入れ、再び前を向いて歩き出せる日は、果たしていつ訪れるのだろうか。ふと視線を上げると、遠くの地平線に薄暗い砂嵐が見える。それはゆっくりと、しかし確実に、私のいる場所へ向かって近づいてきている。あの嵐が過ぎ去れば、ここにあったオアシスの痕跡すらも、すべて砂に覆い隠されてしまうだろう。
 足元に残されたかすかな窪みの砂を、未練がましく少しだけ掘ってみる。しかし、乾ききった砂の粒が指の隙間をすり抜け、さらさらと虚しくこぼれ落ちていく。そこに数滴の涙も。

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