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短編小説1「月明かりは二人を照らす」

 ダンススタジオを出ると雷が近くに落ちたようで、地響きがした。後ろからダンススクール同僚の彼女が「あの時を思い出すね。」と空を見た。私は「マドンナ踊った時でしょ。」傘を差し、二人でマドンナの「holiday」を歌いながら帰った。あの日は忘れるに忘れない日だった
 その日の天気は最悪で、雹に打たれ、「痛い、痛い。」と彼女と私は学生カバンを頭に走っていた。最初ははしゃいでいた二人もすぐに笑顔が消えていた。それもそのはず、雹は雨になり、今はバケツをひっくり返したように降っている。家へ帰る前にどこかで雨をやり過ごそうとしていると、通学路を外れた小屋を見つけた。
 すぐさま屋根の下に入ると、お互いがずぶ濡れである事が分かる。「ヤバいね雨。」とハモってしまった。少し安堵感はあるが、雨がトタン屋根にあたる音が思いのほか大きい。その為、耳元で話さないと聞こえない。加えて、横殴りの雨が吹き付け始めた。私と彼女で、雨風をしのぐ方法を見つけようと「あっち見てくる。」と「こっち見てくる。」と必要最低限の会話を交わした。そして、小屋の右側と左側の様子を見に行った。
 すると、私が先に入り口のような所を見つけた。反射的に彼女の名前を呼んだ。やはり一回で声が届かないかと思った時、スマホのライトをつけながら彼女が戻ってきた。どうやら、農器具を入れていた倉庫らしく扉が大きい。幸いにも鍵はなく入れそうなのだが、引き戸のレールがさび付いているのか、何か噛んでいるのか「ギギギッ」と少しずつしか開かない。私と彼女は一応運動部なのでそこそこ力がある。だが、開く頃には疲れてしまった。
 兎にも角にも中へ入り、扉を内側に閉めると、私も彼女も力が抜けて座り込んでしまった。一瞬、雨の音も濡れている事も、暗いという事も忘れてしまった。彼女は、下を向いたまま「今何時?」と私に尋ねた。上を向いたままの私は、濡れてポケットにくっついたスマホを取り出せないでいる。やっとこさ取り出し、顔の上へ持ってきた。「5時」と答えた。その瞬間、ビューっと風が小屋の下を吹き抜けていった。「寒っ!」と二人ともまたもハモった。そして、濡れている事や体が冷えている事に気付いた。さらに運悪く、電波は圏外とつながるかを繰り返している状態で、お互いのスマホの電池残量が一桁になっていた。「やばっ!」、「え?マジか?」と二人でスマホの電源を落とした。
 ただ、幸いなのは学校で、「防災訓練」が行われ、着替えと各々が防災グッズを持参していた事だ。彼女は祖母から「手ぬぐいは持っていた方がいいよ。」と昨日言われたらしく、10枚もジップロックに入れたまま持ってきていた。私は、スマホが使用不可になることを想定し、父が若い頃使っていた「ポータブルラジオとトランシーバー」を借りてきていた。防災という観点で、正しいのかにわかに疑問だが、彼女から「手ぬぐいたくさん持ってきたから使って」と言われた。私は、手を拭いて、ずぶ濡れのカバンから、ビニールにくるまれた着替えに手を伸ばそうとした。彼女は、静止するように「ちょっと待って!着替えようとしている?」と言った。
彼女の方を見ると震えるシルエットが確認できるが、顔はほとんど見えない状態だった。私は、「いや着替えないと風邪引くでしょ!うぅぅ寒い。」、「大丈夫、見えてないから。」と彼女を安心させた。この小屋がどれくらい広いのか分からないが、声が反響していた。ビューババッ!風と雨がたたきつける音が聞こえてすぐ、彼女は「やっぱ着替える。マジで寒い。」、「こっち見ないでよ」。その後、二人で暗くなっていく中、寒い暗い小屋の中で着替える音だけが聞こえていた。
 まだ、彼女が着替えているであろう頃、「なんか音欲しくない?」と彼女に問いかけた。私は問いかけたとき、彼女はそれを聞いたとき思わず「あっ!」(スマホの電源がない)となんとも言えない間があった。私が先に「ラジオ聞く?」と尋ねた。そこで彼女は「ラジオってスマホ必要じゃない?」というので説明も面倒になり、私は「大丈夫、ちょっと待って。」と言った。
 ただ、急いで脱いだ濡れた制服をどうすべきなのだろう。かといって、干すハンガーやフックがない状況ではない。お互い持参したビニール袋に入れる選択しかなかった。次に開ける時は容易に想像出来るだけに「最悪」という言葉が頭に浮かぶ。ただでさえ、小屋に吹き付ける雨音と風に辟易している。だからこそ、持参した単三電池をポータブルラジオの背面のカバーを外し、付けた。私は、何が起こるのか分からないが、少しはマシになると思った。
昨日レクチャーを受けた通り、折りたたまれた金属の小さな棒を伸ばし、側面の謎のダイヤルを回すとノイズがひどかった。父曰く、「ラジオはチャンネルを合わせて聞くもの。」らしい。どうやら、ダイヤルを回して調整する事は理解出来た。だが、いかんせん、暗くて手元はほぼ見えない。手探りでダイヤルを回し、チャンネルを探した。
 すると、彼女も着替えが終わったようで、まだ濡れている髪を手ぬぐいで挟みながら、「こっち終わったけど、何処?」と壁を伝い歩いてきた。「なんか遠くの方で何か聞こえるけど…」「これ初めて使うんだよね…さっきから上手く聞こえないんだ。ピービュユユッ…ビビ…キューンパリパリ」
 「……午前から大気の状態が不安定になり、ビー、や雷や雹が降りました。」ラジオがつながった。私は「同時に場所や角度で聞こえ方が違うんだ。」という父の言葉を理解した。「ここか?ここだ!」と彼女は私を少し不思議そうに見ていた。一気にノイズが消えさっきのニュースが流れた。「関東南部にできた線状降水帯が発生し大雨を降らしました。ですが、15時ぐらいに消えていきました。雨は上がると思った方も多かったと思いますが、しばらく降り続きそうです。」
 「雨はどれくらい続くのでしょうか?」、「えー雨を降らす前線ですが、海上の南側から暖かく湿った風が吹いて前線が活発だったんですが、夜になり次第に勢いが収まるようなのですね。」、「風も東の海上から西に強く吹き始め、風は強いですが雨雲は消えて行くようです。」
 私は、「要は、夜には晴れるってことじゃない?」と端的に言った。彼女も「そうみたいね、早く止むといいな。」と天井の窓を見つめた。続けて、「音楽流せないの?」と聞いてきた。私は「チャンネル変えて探してみる、だけど、これ結構コツがいるんだよね。」とゆっくりダイヤルを回すと、先ほどよりは早くチャンネルを見つけた。いきなり、「Like a virgin Touched for the very first time Like a virgin When your heart beats…」と洋楽が流れた。彼女は「え、これ知っているかも。」と知っているようだった。私は彼女の音楽の趣味が分からないので「これでいいの?」と聞くと「しっ!」と口に人差し指を立てた。
 曲が終わりかけた時、「いやさぁ、父さんマドンナの好きでよく聴いていたんだ。」、「おそらく、アルバムを選んで数曲流すパターンだよ。」と彼女は続けた。さらに、「次流す曲当てようか」とまで言った。彼女は賭けてもいいと謎の乗り気だった。パーソナリティからもお知らせがあるらしく「えー僕も長いこと洋楽を流してきたんだけど、今日で最後って言うと語弊があるなぁ。この番組は続くんだけど、来週から違う人が来ます。で、さっきlike a virgin流したんだけど、いつもならお便りを読んで曲流すところ、同じアルバムから好きな曲ながしていいよとカンペが出ている。じゃあ、「Holiday!」ともう一曲マドンナの曲を流した。彼女は予知していたかのように「じゃあ、」の時点で、今日番組を去るラジオパーソナリティとハモった。「これ小さい頃踊ったんだぁ。」と彼女を見ると真っ暗だった小屋がやけに明るかった。二人で「雨止んだ」とそろえてしまった。
 イントロが始まると私の腕を掴み、小屋の天窓から差す月明かりの下に走った。彼女は突然「ねぇ踊んない?」といいリズムを取り、軽やかに踊り始めた。私も初めて聴く曲で、踊りなんか分かるはずないのに踊る彼女を真似て、必死に踊った。時間にして数分、踊る彼女は輝いていた。
 濡れた制服とカバンが入った重いビニール袋を持ち、小屋を出る頃、見上げると月は小望月、獅子座もはっきりと見えていた。彼女は久々にマドンナの曲を聴いたらしく、帰路は終始その話題で持ちきりだった。時折、鼻歌交じりに歌う彼女は少女にもどっていた。
 別れ際、彼女は「あんたとは長い付き合いになりそう。」と夜空を見て言った。不意に私も頷いたが、どうしてかはわからなかった。彼女が屈託のない笑顔がとても愛おしく、忘れられない。

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