イギリスのVTuber界隈で起こった「事件」について日本の法学徒が思ったことを綴る~所詮形式的な憲法典もない国家の人権意識などこの程度か。育ちの悪さが窺えるな…という「誤解」をもたらしかねない言動は慎んだほうがいい……ここまでがワンセンテンスだ宜しいか?~
1 はじめに~イギリスのVTuber界隈で何が起こったのか~
先日何気なくツイッター(現X)のTLを眺めていたら珍しく海外VTuber界隈でのニュースが流れ込んできた。海外VTuberの問題が私の元に流れ込んでくることは珍しく、そして珍しいだけにいわゆる「界隈の暗黙の了解・マナー・ルール」といったものを優に超えた法的な問題を孕んだ問題が目に飛び込んできたのである。日本国内で「表現の自由」「知る自由」を謳歌していると実感しにくいことであるが、なんだかんだ言っても日本は「恵まれている」と実感できるニュースが飛び込んできたのである。そのニュースとは、イギリスのVTuberが自身のイラストを所持していたというだけでイギリスの警察から逮捕されて身柄を拘束されていた、というものである。当のVTuber本人からも声明が発表されていたが、SNSアカウントが凍結されたりした影響で有志の方がスクショしてくれた情報になってしまうが、詳細は以下の通りである。
【大悲報】イギリスさんが自作のイラスト所持を理由にVtuberを逮捕したらしい
— フモト (@SFumoto) May 1, 2026
情報統制や表現規制のニュースで、もはやお馴染みとなってしまったイギリスさんから、またしても看過できない報告が上がってきました。… pic.twitter.com/aTyKGOjTcx
【大悲報】イギリスさんが自作のイラスト所持を理由にVtuberを逮捕したらしい
情報統制や表現規制のニュースで、もはやお馴染みとなってしまったイギリスさんから、またしても看過できない報告が上がってきました。
現時点で公的機関や公開ソースによる報道は確認できていないものの、複数の海外インフルエンサー、そして何より当事者本人から、
「自身が描いたイラストの所持を理由に逮捕された」
とする発表が行われています。
この一件は海外の創作界隈や、そのファンの間で大きな衝撃をもって受け止められています。
中には、
「(要約)絵を描いただけで逮捕されたVtuberを支持したいけど、リプライや引用リポストしただけで監視される国に住んでいる」
といった、恐怖を吐露するVtuberさんもいらっしゃいました。
ここで、自作の絵で逮捕されたと発表したMimi氏の発表から翻訳文を紹介します。
(すでにアカウントは非公開化されており、原文は英語のスクリーンショットのみ)
―――――――
こんにちは、みんな。しばらく不在だったことを心からお詫びします。
Mimiには長い話があります。
4月20日(月)、Mimiはイギリス警察により、自身の描いたイラストの所持のみを理由に逮捕されました。現在は保釈中で、アカウントや活動に関する刑事捜査の結果を待っている状態です。逮捕に伴い、すべてのデバイスが押収されました。
保釈条件の一環として、Mimiは新しいアカウントに移行する必要があり、そのアカウントでは保釈担当官が承認した名前を使用しなければなりません。
該当のアカウントは
@Mimi_Yabaii です。
また、保釈条件により、当面の活動はすべて健全な内容(SFW)かつ完全に透明性のあるものでなければならず、違反を防ぐ必要があります。
このような形で皆さんを落胆させてしまったこと、心から深くお詫びします。
―――――――
連日のように不穏な報道が続くイギリスですが、国内でも不満は相当蓄積しているようで、
「現実の犯罪を取り締まらないくせに、漫画やアニメといった創作表現ばかりが厳しく規制されている」
という声も数多く見受けられました。
これは決してイギリス一国の問題ではありません。
日本、そしてこの文章を読んでいる各国の漫画・アニメファン、クリエイターさんにとっても無関係ではないはずです。
この流れを変えるためにも、私達漫画アニメのファン、そしてクリエイターの皆さんとで問題意識を共有し、規制反対の声を上げていく必要があるのではないでしょうか。

私はイギリスの刑事法や憲法には明るくないので、ここで詳細な法律論を論じることは避けるけれども、それでも日本国憲法を学ぶ過程で知ることになる表現の自由の重要性及び表現規制については慎重であるべきというのは国境を越えて共有されるべき価値観であると信じている。
今回の投稿はイギリスにおけるVTuberの逮捕・規制事件を通じて「表現の自由」の重要性及び表現規制の是非について考えていきたい。しばしお付き合いいただければ幸いである。
2 「表現の自由の規制は何故慎重でないといけないか」という命題はとても大事なことなので以後何度でも伝えようと思います~日本一「有害図書指定」を喰らった者の言葉だ。言葉の重みが違う~
日本国内限定の話になってしまうかもしれないが「表現の自由」の大切さを説くのであれば一般的には(日本国)憲法の基本書のひとつでも引用して表現の自由の大切さを懇々と説いた方が正攻法なのかもしれない。しかし、阿呆な私は前々から思ってたのだが、一般的な憲法の基本書に書かれている表現の自由の重要性というのは、言い換えれば大学の研究室という俗世から隔離された「安全な」「聖域で」ぬくぬくと執筆されただけの表現の自由の大切さ・重要性などというものは「所詮大学教授という上級国民様のオアリガタイ戯言でしかないだろ」と意地の悪い感想が漏れ出てしまうのである。(実際、マニアックな憲法論の話として「どうして経済的自由よりも精神的自由(表現の自由も含まれる)の方が重要性が高いと言えるのか。生活していくための経済活動が保障されている方が一般国民としては重要であり、表現の自由の方が大事というのはいわゆるブルジョワの傲慢ではないのか」といったような議論があったりする。もう少し込み入った議論については憲法学者の長谷部恭男先生が『法学教室』という法律専門雑誌で連載していたコーナーをまとめた『Interactive憲法』(有斐閣)という書籍を参照してみて欲しい)有り体に言ってしまえば「表現の自由」の大切さを説くにあたり、いわゆる「パワーみ」が足りないなと常々思っていたのである。そこで、ここでは自身の著作が多くの都道府県から有害図書指定を喰らった実績においては右に出る者がいないと言っても過言ではない「薬理凶室」を主催している「くられ」先生のメッセージを引用して伝えたいと思う。以下に引用する内容は主に書籍に対する表現規制であり、VTuberの規制とは別問題と思われる人もいるかもしれないが、両者の本質ないし根本は同じ問題であると思われるので紹介する。長い引用になるが、是非一読していただきたい。
日本でマンガがこれほど栄え、ビデオゲームが愛され、そして世界で評価されているのはどうしてでしょうか?
日本のアニメやマンガが「お手本」となり、今や世界中で多くの作品が生み出されていますが、ことマンガに関してはやはり日本の作品には一日の長があります。
それを生み出す、それを支えている文化こそ、その文化の根源にあるのは疑いようがありません。
コミックマーケットには50万人以上がたった数日に集い、そこで一次創作・二次創作・評論…、すべてがカオスに入り混じります。
そこは著作権などをあえて緩く取り扱うことで、エロやグロといったものをすべて包括的に土壌として保水する、豊かな土壌です。
「混沌」という言葉が最適なその土壌からは、日夜突然変異としか思えない度肝を抜く作品が生まれてきます。
キレイとタダシイだけの世界からは絶対に生まれようのない、イビツだけどメッチャオモシロイ。
すべての名作はそうした土壌から誕生しています。
例えば、映画大国アメリカ。ハリウッド映画は、世界屈指の予算と世界屈指のエンターテイメントです。
この映画という文化も、アメリカにしては意外なくらいの版権意識の緩さと、何でもあり…バカ・アホ・グロ・エロにまでどこの誰だか分からない金持ちが、金を出して作らせています。
クソみたいなB級映画が無限に生産されるのは、そんな混沌の土壌があるからではないでしょうか?
レンタル店に並ぶ怪しいパチモノ映画やエロパロ作品…本当にエンタメとしても出来損ないで、お世辞にも面白いとは言えないああいう映画は、日本ではあまり生まれません。
映画の土壌はあまり豊かではないからでしょう。
――ここで話を戻します。自分がイヤだと思うものは、他人もイヤだと思っている。
この小さな考えは、小さな火の粉です。
まだ大丈夫。
自分がイヤだと思うことを、他人に伝える。
まだ大丈夫。
むしろそれもまた自由であるべきだから。
しかしそれが、こうなると完全な戦火となります。
「自分がイヤだと思うから相手から奪い取る、消し去る行為を正当化する」
戦火は戦火を生みます。
わたしとあなたは違う。
これで人類は何千年も殺し合いをしてきたじゃないですか。
人は皆多様な考え、多様な性、多様な価値観を持ちます。
これを「理解できないから殺す」という考えにつなげた瞬間、そこに中世の魔女狩りと同じ空気が生まれます。
特にエロコンテンツは、その誹りを多く受けています。
エッチなものを悪として葬る活動は一見、正義に見えます。
仮にその活動が実を結びエッチなコンテンツが消えたら、次は間違いなく暴力表現がターゲットになり、魔女狩りの火は絶対に消えません。
エッチなものはいけないと思うけど、クールなお耽美殺し合いはカッコイイからいいじゃん…と思っても、エッチなものはいいけどクールなお耽美殺し合いは暴力を助長するから消すべき…と思っている人が、今度は自分の顔を消しに来るのです。
みんながみんなお互いの顔が気に入らないと、ケシゴムで消し合うのです。そして世界はのっぺらぼうの世界になるではないですか。
これは行き過ぎた考えでしょうか?極論でしょうか?
表現規制とはこれほどまでに重いのです。
日本はほぼほぼ何でも自由なので、普段はその自由さを実感することはあまりないのですが、海外旅行をするとどれ程恵まれているのかをイヤというほど思い知らされます。
だからこそこの国の「自由」は、本当に尊いのです。
そして今、この「自由」を当たり前だと思っている愚か者が、自らの小さな利権・見栄・プライドのために戦火に手をかけているではありませんか。戦火は自由とは逆に1度火がつけば燃え広がりやすく、自由は失われやすいのです。そしてその戦火は着々と表現を蝕んでいます。
再度言いましょう。文化とは清濁併せ持ち、その中でいろいろわけ分かんないものが生まれ消えていくものです。その中の成功やキラキラしたものだけが本体では決してないのです。
わたしとあなたは違う。それを強要するかどうかで、この混沌の土壌はいとも簡単に死ぬのです。
この重さを考えた上で「否定」を断行する重さを知るべきです。全員を納得させられるだけの資料と根拠も提示せず、「気に入らないからお前は消えろ」と、これを権力のチカラでゴリ押しすること。
ボクはこれほどの「明白かつ現在の危険」を知りません。
また、同じく有害図書指定を受けたことのある身としてこれまた有益な方の論説も簡単に紹介したい。上述のくられ先生の主催する「薬理凶室」に所属する「歩く暗黒科学大事典」こと「亜留間次郎」先生である。亜留間先生の著作からも参考になりそうなものを引用して紹介したい。
――未知のトラブルを科学的に解決できる学問――
<スゴイぞ疫学>
~「疫学」とは元々、伝染病の発生原因や予防などを研究する学問として始まった。この科学的な手法を用いることで、マンガやアニメがどれだけの悪影響を及ぼすのかも証明できるのだ。~
マンガやアニメの影響で、人は犯罪を犯すのでしょうか?実はこれ、疫学によって証明できるんです。
疫学というと医学の理系分野みたいに聞こえますが、法学や犯罪学の分野でも重要な概念であり、疫学的な証明は裁判の証拠となります。実際に勝訴して法律すら変えさせたのが、水俣病や四日市公害などの公害裁判です。医師免許を取得してから司法試験に合格する人が結構いるように、理系と文系で畑違いに見えますが、畑と田んぼ程度の違いで、農業と漁業ほどかけ離れたものではありません。
疫学がスゴイのは、どうしてそうなるのか理由が分からなくても原因を特定して排除し、治したり解決できるところにあります。ということは逆に、理由はよく分からないけど、ソレが原因だから法律で規制するという論法に持っていける怖い科学でもあるのです。
医学の分野で大きな成功を収めたのは、当時は原因不明の難病だったコレラや脚気などの病気を激減させたこと。法学の分野では、水俣病や四日市公害などの公害裁判で環境汚染を違法行為と認めさせたことや、タバコの有害性を認識させ、禁煙活動を行い受動喫煙まで規制に成功したことなどがあります。犯罪学の分野で大きな成功を収めたのが、「割れ窓理論」に代表されるアメリカ・ニューヨークの治安改善です。
このように社会から公共の害となる原因を取り除いて、安心して暮らせる社会を作るために疫学は重要な科学なのですが、大失敗した例もあります。アメリカでエイズ患者5人が発見された時、偶然にも5人全員が男性の同性愛者であったことから、”エイズはホモがなる病気”という偏見が広まってしまいました。サンプル数が少ない場合は、統計を活用する疫学は機能しません。なので、少数の犯罪者がオタクだったからといってオタクは犯罪者予備軍とはいえないわけです。
1 マンガやアニメを規制することは正しいのか?
では本題。マンガやアニメの影響で犯罪が増えることを証明して、公害のレッテルを貼って法律で規制するためには、それらが「疫学4原則」すべてを満たしていることを統計学的に証明しなければなりません。もしも、この4原則を有意水準0.0001以下で帰無仮説を棄却できる学者がいたらマンガやアニメを全て禁止にできます。これを法学では「合理的な疑いを超える証明」と呼びます。
(略)
2 マンガは悪ではない!
つまり、マンガを読む人と読まない人を比べた時、実際そんなことはないですが、読む人の犯罪率が仮に高かったとしても表現の自由を制限されるほど、公共の福祉に反する公害にはならないと判断される可能性が高いということです。自由を重んじる現代法理において、公共の福祉に反すると認定されるハードルは物凄く高くなっています。仮にマンガやアニメに対して疫学4原則が証明されたとしても、最低でも相対危険度10倍を超えないと…、要はオタクの犯罪率は一般人の10倍以上という統計でも出ない限り、マンガやアニメを「パブリック・エネミー(公共の敵)」と国が認定してオタクの人権を制限することはやむを得ないとする法整備は無理ということ。なので、安心して大丈夫そうです。
<コラム:マンガやアニメに対する「危惧感説」>
「危惧感説」とは何らかの危険があるかもしれないという、漠然とした不安感や危惧感がありさえすれば過失が成立するという考え方のこと。つまり、マンガやアニメに悪影響があるかも知れないことが社会的に認知されている以上、出版社は過失責任を負うべきであり規制すべき…というかなり暴論な主張である。あまりに暴論なので現代の法曹界では支持されていないが、出版社を自主規制に走らせる原因になっているかもしれない。なお、日本の裁判史上では、「森永ヒ素ミルク中毒事件」(1955年)の1例だけが有罪になっている。
反ワクチンは、ワクチンを勧める人たちに対して攻撃的です。
フェミニストは男尊女卑な男だけでなく、
女性の味方をしない男性的な価値観を持つ女性を「名誉男性」と呼んで敵と認定します。
暴力革命を訴えた赤軍派の人たちは、人民の敵(ブルジョワ)どころか身内とまで戦いました。
カルト宗教は、異教徒を悪魔だ、地獄に落ちるといって貶めます。
表現規制派の焚書(ふんしょ)は本を燃やしたいのではなく、作者を火あぶりにできないから代償行為として本を燃やしているのです。
こうした連中に共通しているのは、他人に対して異常に攻撃的であることです。
誰かに対して攻撃的なら、その思想は信じてはいけない…とワシは考えます。
「正論は人を傷つける」のは、正論だからではなくそれが攻撃になるからです。
攻撃しない正論を使わないとダメなんです。
理論の正しさを検証しても意味はありません。
正しい理論がアナタを幸せにしてくれるとは限りませんが、誰も攻撃しない、傷つけない生き方はアナタを幸せにしてくれるでしょう。
3 動画や配信でも表現規制の是非について学んでみよう
上記のくられ先生や亜留間先生に加えて、薬理凶室の法務部担当の悪魔である「倫獄」先生や、VTuberである「犯罪学教室のかなえ先生」や「弁護士VTuberながのりょう」先生も交えたYoutubeでの表現規制の是非を解説した動画企画や配信も紹介しようと思う。上述の文章だけでは物足りない人も画像や音声が加わればより理解の助けになるのではないかと思われる。以下に紹介する動画や配信アーカイブを通じて「表現規制」の是非についてじっくり学んで欲しいと思う次第である。
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【 #法律解説 】倫獄先生と弁護士Vtuberと学ぶ ゾーニングと表現の自由【 #薬理凶室 #弁護士Vながのりょう 】#弁護士 - YouTube
【表現の自由】BLも科学本も有害図書?…青少年保護育成条例と岐阜条例の闇【かなえ先生の切り抜き】元配信2025/07/31
アニメゲーム有害論は疫学で論破できる【薬理凶室対談シリーズ】 - YouTube
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4 おわりに~日本のVTuber業界だけでなく広く表現の自由が制約されることのないようにするために、そして一日本人にすぎない私のこのレポートがいつか国境を越えて海外の方にも知って貰えますように~
今回の投稿のきっかけは日本から遠く離れたヨーロッパの島国であるイギリスで起こった事件であるが、日本も決して他人事ではいられないと思いこの記事を急遽執筆することにした。上述の「有害図書指定」のような「未成年の健全な成長を阻害しないように」といったような表面上は文句の出しようもない「正論」そのものである「パターナリスティックに基づく自由の制約」が当たり前のように存在しているが、これが段々「未成年を保護する目的でSNS規制をしよう」「未成年が(特定の大人にとって)望ましくない方向で政治的な関心を持たないようにしよう」…といったようなことがどんどんと増えていき、やがては日本社会がやたら規則の多い学校のような空間になることは想像に難くない。もちろん、どんな自由であっても絶対無制約なものではなく「他者の権利ないし自由を害しない範囲で」という留保付きの性質であることは忘れてはならないが、それでも可能な限り「自由」を認めた方が国家にとっても豊かになり発展していくので都合が良いというものである。何より、自由が認められない国より色々と自由が認められる国の方が個人にとっても住み心地が良いだろう。日本という国が世界でも稀に見るエンタメ経済大国であり続けられるように、市井の立場から表現の自由の大切さを紹介してみた。法律学を本格的に学んだことのない人であっても、一人でも多く表現の多様性の大切さに触れて貰えれば幸いである。
そして、この投稿の原文は日本語で・日本人向けに記述されているが、内容自体は本投稿で問題としているイギリスだけでなく広く世界中でも読まれて欲しいという願いも込めて執筆した。この記事が掲載されているSNSのnoteは2026年5月下旬頃に多言語翻訳にも対応するようである。つまり、非日本語圏で生活している人たちにも私のこの投稿内容が読まれて理解される可能性があるということである。基本的に日本国内で法律学を学ぶ上では、主に西洋・欧米的な価値観を上位の存在として位置づけているように思われる。だが、個人的には日本的な価値観も欧米の方々や中華圏・中東圏その他の地域においても逆輸入して欲しいという思いが強い。日本の漫画やアニメといったコンテンツは下手に西洋の価値観に媚を売るよりも日本国内向けに作成した方が結果として世界中のファンの心を掴むことは様々な数字が証明している。もしこれを読んでいるのが日本人以外の国の人であるならば、そして自分の好きなコンテンツが日本産のものであるならば、私、というか私が引用した方々の意見に少しでも耳を傾けていただければ幸いである。世界がより本当の意味での「多様性」に溢れ、昨日よりも面白おかしい世界になることを願って。
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チップを得られればより長く安定した創作・投稿活動を継続できます。何より投稿して良かったと心から思えます。貴方にとっては小さなことかもしれませんが私にとってはとでもデカいことなのです。なので堂々と金額の多寡は気にせず気楽に投げていただければ!