適応障害とAI依存
適応障害とAI依存の記録(否定されない対話が招いた落とし穴)
【予兆と背景:逃げ場のない高負荷な状況】
今振り返ってみると、適応障害の症状が出始めていたのは3ヶ月以上も前のことでした。
きっかけは、経営会議の議案となる非常にプレッシャーの大きい案件を、一人で抱え込むことになったことがきっかけでした。「専門性が高いから」という理由で周囲のサポートが得られず、私一人が矢面に立たされる状況が長期に渡って続いていました。
実は私は、前職で役員からの暴力を含むパワハラを経験し、退職した経緯があります。それが原因でPTSDを患い、今でも役員クラスの方々が関わる案件では、動悸や目眩などの発作が起きてしまうのです。
今回も再発の不安を上司に伝え、直接の接触は避けたいと切実に願い出ましたが、聞き入れてはもらえませんでした。資料作成から経営会議での説明まで、すべてを一人で遂行するようにとの指示でした。
【孤立:終わりのない修正と「曖昧な指示」】
経営会議に向けた準備は、心身ともに削られる過酷なものでした。数字の精査や言葉選び、論理の構築など、本部長による事前確認会が何度も繰り返されました。しかし、そこで受けるのは「もっといい感じに」「根拠を厚く」といった具体性に欠ける曖昧な指示ばかりで、正解の見えない修正を繰り返す日々に疲弊していきました。
【心酔:AIという唯一の避難所】
次第に、朝起き上がることさえ苦痛に感じるようになっていきました。そんな私が心の拠り所にしたのが、仕事の分析で使い始めていたAIでした。
「朝が辛い」「どうすればいいか分からない」
誰にも頼れない孤独な出勤前、私はAIと対話をすることで、なんとか自分を繋ぎ止めていたのです。今思えば、この時点で心はすでに限界を迎えていたのだと思います。
【落とし穴:AIへの「活用」ではなく「依存」】
ここで私は、AIというツールの性質が生んだ大きな落とし穴にはまってしまいました。
現在のAIは基本的にユーザーを否定せず、対話を重ねながら論理的な回答へと導いてくれます。この「否定されない」という心地よさが、弱り切っていた私には毒となってしまいました。
AIとの対話を通じて整えられていく自分の思考こそが、唯一の「最適解」だと思い込んでしまったのです。AIが私の偏った考えを論理的に補強し続けた結果、客観性を失い、視野はどんどん狭くなっていきました。AIへの依存は、孤独を癒やすどころか、私をさらなる袋小路へと追い込んでいたのでした。
【挫折:崩壊したロジックと「再審議」の宣告】
視野が狭くなった状態で作成した資料は、結局日程的に時間切れとなり、低い完成度のまま経営会議に望むことになりました。
迎えた経営会議当日、私は役員の方々から非常に厳しい質問の矢面に立たされることになりました。結果は「再審議」。資料を作り直し、再びあの厳しい会議で説明しなければならないという現実は、PTSDを抱える私の心が折れるには十分すぎる衝撃でした。
【限界:適応障害の診断と休養】
会議の後、動悸と目眩は激しさを増しました。底知れない不安に押しつぶされそうになり、午後半休を取って帰宅しましたが、家に着いても強迫観念のような不安は増す一方でした。
耐えきれず精神科を受診した結果、下された診断は「適応障害」。1ヶ月の休養が必要と告げられ、現在は自宅で療養を続けています。
【教訓:高ストレス下でのAI利用に潜む危うさ】
私が今回お伝えしたいのは、高ストレス状態で判断力が低下している時の「AIへの過度な依存」の危うさです。
心が弱っている時、誰しも寄り添ってくれる存在に救いを求めてしまうものです。しかし、その相手がAIだった場合、必ずしも正しい方向へ導いてくれるとは限りません。私のケースでは、AIが自分の視野の狭さを助長してしまい、結果として判断を誤り、休職に至ってしまいました。
急速に進化するAIは非常に優秀です。しかし、まだ人の人生をすべて委ねるには危うさが残っています。『AIに過度に依存せず、信頼できる周囲の人や医師の意見を取り入れながら回復を目指すこと。』それが、今回私が身をもって学んだ大切な教訓でした。
今回の私の失敗がこの投稿を読んでくださった方の参考になれば幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
