みんなも書籍の執筆で死にそうになってみてくれ、楽しいぞ
つらーーーーい!!
次に出す予定の新刊「人間関係が苦手でもなんとかやっていくための本」の原稿を書いています。分量は現時点で13万字、普通に活字を組んだら250ページを超えてるくらい。あまり分厚い本にはしたくないので、そろそろ削るべきところを削って、綺麗にまとめなければならないフェーズに入っています。
内容は…よいものが形になってきていると思います。すごい! さすが! これは絶対素晴らしい本になってみんなの役に立つぞ!(自画自賛)(ところで、何かしら創作や表現に関わっていて自画自賛せずに正気を保てる人って存在するんですか??)
しかし、ここ最近は体調不良のほうが絶好調で、純粋に進捗だけを見ると全然よくないペースなんですよねえ。私は去年から執筆を本業にしていますが、このところの停滞はなかなかひどく、平日5日分の進捗が土日だけ趣味で書いてる人にも負けてるんじゃないか…? と思うくらいです。
そもそも、私がITエンジニア&会社員を辞めて個人で著述業を始めたのも、健康上の問題で「他にできそうなことが何もない」という状況に追い込まれたことがきっかけでした。地獄に行くか、もう少しマシな地獄に行くかどっちか選べと言われたら、まあ後者を選ぶしかないでしょう。身体のポンコツぶりだけはもうどうにもなりませんが、未来を少しでも平和なものにしていくために、頑張れるだけ頑張っていきたいとは思っています。
メンタル疾患などで休職した経験のある方はおそらくご存知かと思いますが、「頑張れなかった」というのは「失敗した」とは比較にならないほど人の心を削ってくるものです。いい文章が書けないのは我慢できる、もっと経験を積んで上達していけるから。出した本がそんなに売れなくても我慢できる、次は他のやり方を試していけばいいから。
でも、身体が動かなくて頑張れないというのは違います。あまりにもおしまいすぎます。今という現実に押しつぶされそうなとき、我々を支えてくれるのは「未来に向かって歩ける」という事実だけなので。
冒頭の「つらい」という叫びにも、そのような背景があるのでした。
🐟 🐟 🐟
さて、個人的な近況の話はこれくらいにして、今回の記事は「みんなも本を書いてみようぜ」的なタイトルを掲げていますね。そっちの話をします。
書くことを職業にするというのはちょっと特殊なケースではあるものの、noteを日常的に開いている方であれば、趣味で文章を書くのが大好きだという方は普通にたくさんいますよね。文章に限らず、手を動かして何かを「つくる」ということ全般が好きな方もきっと多いはずです。
この頃は「ZINEを出しました」「イベントに出店します」といった告知もちょいちょい目にします。有名人の話としてではなく、昔からよく知っている身近なSNSフォロワーさんの話などとしてです。そうした告知を見たとき、あなたの胸のあたりにも「素敵だな」「いつか自分も本を出してみたいな」という感情が生じなかったでしょうか。
よく言われることですが、これは「いつか」なんて言っていないで、今やるべきことなんです。やりたいと思っているのは今のあなたなんですから。
小さい頃、もしくはまだ自由になるお金の少なかった高校生や大学生の頃、「これが手に入ったらどれほど幸せだろうか」と切望したものはありませんでしたか? これを20年後に「大人買い」という形で手に入れたとしても、当時ならば得られたはずの爆発するような喜びは何も起こらないでしょう。それがほしかったのは当時のあなたであって、20年後のあなたではないからです。
好奇心、アイデア、欲求、野望。ここに並べた要素には、いずれも賞味期限が存在します。あるものについて「心から素晴らしいと感じる」というのは、そのとき・その人に限定して与えられる状況設定なんです。そして、どのような高級品やステータスにも「どうでもいいと思っている人にはどうでもいい」という身も蓋もない事実があるように、この世界が素晴らしくなるかどうかというのは、究極的には「自分がそのように感じられるならそうだし、そうでないのならそうではない」というタイプの問題です。
「今すぐ始める」ということが大切であるとしても、現実の仕事や創作活動というのは熱意と勢いだけでどうにかなるものではありませんね。学びと実践によってスキルを積み上げ、成果物と活動実績を(失敗作も黒歴史も含めて)山のように積み上げ、ときには人的・環境的なご縁を辛抱強く待つなど、長期的な目線が必要になります。
本を書くということに限らず、この世で意味のある仕事の大半には、そういう壁を乗り越えることが必須の条件として設定されています。「ついにやったぜ」と感動できるのは自分がそれをやり抜いたからであって、車で42.195kmを走ったところでランナーの喜びは経験できません。
喜びの大きさは、立ちはだかる壁のデカさに比例します。それを乗り越えられるタイミングはただ一つで、あなたの「やりたい」「それがほしい」という気持ちのデカさがその壁を上回ったときだけです。
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「ZINEを1冊出してみようぜ」というのは、明らかに実現可能な夢でしょう。
まとまった長さの文章を書く必要がある。できますね。パソコンでレイアウトを組んだりする必要がある。頑張れば全然できます。何十部か刷るとして、印刷コストが1万円かもう少しかかる。出せますよ、その気になれば学生のバイトでも手が届く範囲です。
「誰にだってできる」とは言えないステップも確かにあります。ここで一応専業の物書きとして指摘しておきたいのは、ブログやnoteをたくさん書ける人であっても、1冊の書籍を仕上げられるとは限らないという点です。
10万字の本を1冊書くのと、5千字の記事をネット上に20本書くのでは、求められるスキルや労力は後者のほうがずっと少なくて済みます。本を1冊仕上げるという壁は、単発の記事を同じ文字数分だけ書くことよりも困難です。プレハブを縦に10棟積めば10階建てのビルができるわけではないように、大きな構造物を組むための固有の技術というものは確かに存在するからです。
それでも、数十ページのZINEの制作から始めるのであれば、数百ページの書籍をいきなり書こうとするよりはずっと現実的な話になります。ひとまず2万字くらい、ページ数にして40ページのZINEを想像してみましょう。活字のみの本で、やや余白が少なくて文字が詰まったレイアウトです。
この内訳を「2千字のまとまりを10編収録する」、あるいは「4千字のまとまりを5編収録する」と考えてみます。これは感覚的には、ブログやnoteを書くときとほぼ同じです。数千字というのはいつも書いている画面上の1記事の分量だし、5編や10編というのも数ヶ月あれば普通に書いている記事数ですね。論文のようにカッチリした主張を組み立てる必要はないので、「本全体の流れを考える」ということも、ちょっとした並び替えの検討程度で済むことでしょう。楽しい作業の範囲内です。
ここまでに述べた「できる」とは、「作業として実行可能である」という意味です。「心のリミッターを外せば世界から愛されるようになって年収も爆上がりする」とか、そういうトンチキな話は何もしていません。
それは現実にやることができて、やったら本当にあなたの本が出来上がるんです。
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書くという日々の習慣そのものに終わりはありませんが、個別の原稿には「書き終わる」という区切りがありますね。noteで「投稿する」ボタンを押すとき、毎回ちょっとした緊張を味わうという人も多いでしょう。何度も見直したはずなのに、公開後に決まって誤字脱字が見つかるのだというのもありがちな話です。私もよくやらかします。
noteやブログの場合、こうしたミスはいつでもささっと修正できますが、印刷した本だとそうはいきません。これはなかなかのスリルで、完成原稿を後工程に渡すというのはnoteの投稿ボタンの数倍の重みがあります。そして、この重みはそのまま完成の喜びと達成感の大きさに転じます。
純粋な趣味としてZINE制作を行った場合でも、おそらく昼間の仕事で半年〜1年くらいの大きさのプロジェクトを終えたときのような「やり遂げた感」が発生するのではないでしょうか。学生時代に文化祭で役割を持った記憶のある人であれば、最終日の達成感(をさらに何倍かにしたもの)を想像してもいいかもしれません。何か熱くなれる趣味を持っているという人でも、大人になってから趣味の「つくる」でこれほどの喜びを得られる人はそうそういないはずです。
それは大変な道のりかもしれません。私は仕事として在宅で本を書いていますが、会社で働いてくたくたになった平日の夜、それから土日のあれこれの合間を縫って原稿を書き続けるというのは容易なことではないでしょう。まず、仕事でもないのに机とパソコンの前にしゃんと座るというのが難しすぎます。ゴロゴロしていたいはずです、私も平日昼間以外はずっと床かお布団に転がっていたいと毎日思っています。なんなら平日昼間にもそう思っています。
実際に平日の夜や休日の昼間に原稿を書いているとしたら、そんな酔狂なあなたには世間の数%の人にしか見ることができない特殊な素質が備わっていると考えてよいです。ここで、才能があるとかないとかいう話をすることにはあまり意味がありません。それは測定も検証も不能だし、変更も不可能なので。
しかし、「やっている」という事実はそうではないでしょう。
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その壁は大変だけど、乗り越えないと見えない景色がある。苦労してでも見るに値する景色がある。これは別に、世界に数人しかいないような職人やアスリートの高みみたいな話じゃないんですね。
私がそれを「やろう」と言っているのは、単純にそれが楽しいと知っていて、やろうと思えば不可能な話ではないということも知っているからです。
私は友達や知り合いにも、ネット上のフォロワーさんにも、できれば毎日楽しく過ごしていてほしいと思っています。泣いたり落ち込んだりしている時間は多くないといいなと思います。この世で「苦しくなくなる」「つらいことがなくなる」というのは無理なので、せめて自分の手で、自分のやれる範囲で、そうではないことを増やしていけたらいいよね、と思って今回の話を書きました。
じゃ、私はそろそろつらい7割楽しい3割のお仕事に戻るので、みなさんもみなさんの生活を頑張って。あなたの本が出来上がったときには見せに来てくださいね。
おまけ
シロイはプログラミングもやる人なので、書き手としてnoteを頑張っている方の役に立ちそうなサービスをいくつか運営しています。よかったら覗いてみてね〜!
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