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私は何に反対しながら本を書いているのか

本を書くということは「自分の頭の中にあることを書き出してまとめる」行為だと思われがちですが、実際には、本を書くというのは考えるプロセスそのものであって、単なる知識の要約・出力という作業ではありません。

人が本を一冊書き上げたとき、その内容は「書き始めた時点ではまだ自分の頭の中になかったもの」になっているはずです。それは書くことによって初めて生まれたものです。少なくとも私の場合、「それまで持っていた意見や主張が文章に書き起こされた」というのはよくて半分程度で、残りの半分は書いている途中に生まれています。

もちろん、整理してまとめ上げたいようなトピックが最初にあるからこそ、当のテーマで実際に本を書き始めるわけですし、専門的で客観的な知識などは執筆以前から持っているもののほうが当然多いです。知識は気持ちの問題ではないので、それがなければ人の役に立つ本は書けません。

しかし、人が家電製品の取扱説明書を読んで感動するということはありませんね。客観的かつ実用的であることが大切だとしても、それは最後には何らかの主観的なメッセージ、主観的な価値の提示に繋がっている必要があります。書いている途中で生まれるというのは、主に後者のほうです。

書くということは、客観的な思考の整理の方法であると同時に、その主観的なメッセージに到達するための手段でもあるのだということです。本を書き上げたとき、書き手は数ヶ月前に原稿の最初のページを書いていた頃とは少しばかり別の人間になっています。

書き手は書くことによって、「自分は本当は何が言いたかったのか」を最後に自覚します。

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私はこれまでに3冊の本を書き上げていて、今は4冊目の本を書いています。

書くというプロセスを繰り返すことで、私という個人の中でも「結局のところ、自分は何が言いたいのか」という点が明らかになってきたように感じています。それは次のようなものです。

「これで人生が変わる」とか嘘をつくのをやめろ、嘘をありがたがるのをやめろ。自分の苦しみに向き合え。空しさに向き合え。わかったようなことを言いたがるのをやめろ。自分の仕事をやれ、報われなくてもやれ。

要点は以上であって、私の本はだいたいがこの要点をもっと具体的な視点(その本のタイトルになっているテーマや専門分野)から詳述したものだと思っていただいて差し支えありません。

私は嘘に反対しています。世間の人々が「自分は空っぽで何もない」と感じているとき、そこに間に合わせのゴミのような嘘を詰め込もうとすることに反対しています。

あなたの退屈や不満、虚しさと徒労感、日々の失望と絶望、これらはいずれもあなたのものです。他の人間がそれを片付けてくれるということは絶対にありません。それは上司や隣人や毒親やDV彼氏や政権与党の仕事ではありません。それはあなたの仕事です。

突き詰めれば、人は誰もが自分の足で歩くしかないのですが、よろめいたときに他人がちょっと手を貸すとか、入り組んだ道を知っている人が知らない人に案内をするとか、その程度のことならば可能でしょう。

私が著述と出版によってやろうとしているのは、そういうタイプの仕事なのです。

関連書籍

先日出した「人生の意味のつくり方」が3冊目の本なので、以下にリンクを貼っておきます。分厚い紙書籍の通常版と、Kindle向けでお財布にやさしい「分冊版」上下巻が発売中です。

年内に4冊目となる新刊「人間関係が苦手でもなんとかやっていくための本」を出したいと思っているので、引き続き応援していただけたら嬉しいです。

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