コアメッセージ、持っていますか?
noteというプラットフォームはテキストを中心とした創作の場なので、今これを読んでくれている方も何らかの意味での「書き手」に当てはまることが多いと思います。エッセイ、小説、詩などの形もあれば、ニッチな趣味の情報発信、仕事と生活についての実用的なノウハウ、それから社会的な論評やジャーナリズムといったものもありますね。
一般に、情報というのは客観的な事実を曲げてはならないものですが、書くということは単なるデータの共有ではないので、そこには書き手ならではの「切り口」と「価値の提示」というものが求められてきます。どういう方向からその事実を見て、そこに何を発見しようとしていて、最後には読み手の心にどのような肯定的な変化を引き起こしたいのかということです。
おそらく、書き手であるみなさんは単純に「書く」ということが大好きで、ただ何かを書いているだけで満足だという方も多いことでしょう。それ自体はとても素晴らしいことですが、もし世間の人々にその作品を広く受け取ってほしいのなら、その文章には「読者にとって価値のある新しい何か」が含まれていなければなりません。
つまり、そこにはあなた自身の主観的な価値観や世界観が含まれた、他ではあまり見かけないようなタイプの価値あるメッセージが存在している必要があります。
言い換えると、この源泉はまず何よりも「書き手自身が価値を感じるもの」にありますが、最後のページが閉じられたときには「読み手自身が価値を感じるもの」として受け取られていなければならないということです。
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人間にとっての「価値あるもの」を示唆できる創作ジャンルの一つとして、小説というものがあります。
小説というのはフィクションですね。そこに登場する人物は別に実在していませんし、SFやファンタジーでは社会のあり方どころか世界の法則そのものが現実とはかけ離れています。しかし、人はその物語の中に、仕事中に毎日向き合っているオフィスの光景などとは比較にならないほどの「現実味」や「真実味」を見出すことがあります。
具体例として、ミヒャエル・エンデの小説「モモ」を取り上げてみます。エンデはドイツの作家で、映画「ネバーエンディング・ストーリー」の原作となった「はてしない物語」を書いたことでも知られていますね。
「モモ」の作中には「灰色の男たち」が登場します。彼らは「時間貯蓄銀行」を構成する営業マンで、人々が友人と付き合い、子どもや動物と遊び、ときには一人でぼんやりと過ごす時間を「無駄」だと指摘し、「時間を節約しなさい、それを貯蓄しなさい、そうすれば利子がついてもっと豊かになります」と人々を説得し始めます。灰色の男たちは至るところに現れるようになり、街の人々はせわしなく、刺々しく、窮屈で、「効率的」ではあるけれどもそれ以外には何もない、灰色のような時間を生きるようになっていきます。
私たちが生きる現実の世界に目を向ければ、灰色の男たちは実在しませんが、ある意味では、それは明らかに実在するでしょう。さっき述べた「仕事中に毎日向き合っているオフィスの光景」は何色でしょうか。それは灰色ではないでしょうか。毎晩疲れ果てて家に帰って、その後の時間はどうでしょうか。それもやはり灰色ではないでしょうか。
灰色の男たちは現実に私たちを苦しめる社会であり、同時に、灰色の男たちは私たち自身です。これに対して、物語の主人公であるモモは「その瞬間を、それ自体として」生きる者であり、そうすることの価値を体現する者として、作中で関わった老若男女のあらゆる人物にそのような影響を与えていく女の子として描かれています。
つまり、これは単なるおとぎ話ではなく、今ここに実在しているあなたや私の話になっているんですね。ファンタジーという形式と舞台設定を借りて、ここでは現実世界についての何かが示されているわけです。エンデはここに問いかけを示し、同時にその答えとなるようなメッセージを示しています。
書店に行くと、「モモ」は児童文学というカテゴリの棚に入れられていますが、ここに含まれているメッセージはむしろ大人にこそ強く響くものでしょう。これが「ファンタジーである」という理由だけで「子どもの読み物である」とされているのは、かなり首をひねるような状況だと言わざるを得ないのではないでしょうか。
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さて、今回の目的は特定の作家について論じることではなく、あなた自身が何を言うのかについて考えたいのでした。
書くということは、それを読む人に対して何かを伝えるということですよね。これは「食べ物は食べてもらうためにあります」と同じくらい当たり前のことを言っています。
では、あなたが本当に世間の人々に伝えたいことというのは何なのでしょうか?
有名作家として歴史に名前を残したような例外的な人々を除けば、ここにはっきりとした答えを持っている書き手は少数派だと思います。おそらく、書き手の内側にはまず間違いなくそういう何かが「既にある」はずなのですが、それが書き手自身から自覚されていないということがけっこう多いように思われるんです。
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