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いったん立ち止まって自分の内側と向き合うって、怖いですよね

いつも、ものすごい急流の中を、必死で置いていかれないようにしているのに。
歯を食いしばって、死に物狂いでしがみついているのに。


その手を自分から離して、立ち止まること。
立ち止まって、わたしは本当は、どう感じているのか?どうしたいのか?を自覚すること。


そんなこと、しちゃいけない。
そんなこと、できるわけない。
そんなことしたら、置いていかれる。
そんなことしたら、生きていけない。

そんな風に思ったりしませんか?


わたしは
めちゃくちゃ怖かったし、
めちゃくちゃ抵抗がありました。

なんなら
今まで「正しい」と信じて疑わずにやってきたことの真逆をいくわけだから、

今までの人生なんだったの…
みたいなことにもなりかねない。
(結局、なったんですけど)


だけど。

じゃああのとき
立ち止まらない方が良かった?
自分と向き合わない方が良かった?
となると、


答えは絶対にNOです。


そこからようやく、
わたしは自分の人生を
生き始めることができたから。

「生きてる…✨」って
しみじみ実感しながら
暮らすことができるように
なってきたから。


逆に言えば、
立ち止まること、
向き合うことをしていなかった頃は

自分じゃない、
誰かの人生を生きていたんですよね。


母のコピーロボットになり、
母と同一化しようとして、
自分を殺して、息を殺して、

ただ
周りの急流に乗り遅れないように。
周りから浮いてしまわないように。
周りと同調して生きることだけを、
いつも考えていました。


誰かの期待に応えたり、
誰かのコピーロボットになったり、
「みんなと同じ」ことに安心したり、


それでいいなら、
一人一人それぞれが
違う質を持って生まれてくる
必要なんてないんですよ。


自分の質を思い出すこと。
自分の喜びを思い出すこと。
自分の魂の望みを思い出すこと。


みんな、忘れてしまっているだけで。
みんな、見えなくなって(隠されて)しまっているだけで。


本当はちゃんと、あるんですよね。

それをゆっくり、じっくり、
じんわり思い出していくのが
人生なんだろうなって思います。

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