「幸せのテンプレ」から抜け出して、深呼吸しよ〜?―『凪のお暇』『じゃあ、あんたが作ってみろよ』
最近のドラマを見ていると、「社会のレールから抜け出した人」にスポットが当たってる気がする。『凪のお暇』や『じゃあ、あんたが作ってみろよ』はどちらも、これまでの「いい会社」「いい恋人」「いい人生」みたいな「幸せのテンプレ」から離れていく話。
『凪のお暇』の主人公・凪は、空気を読みすぎて、人の顔色をうかがいすぎて、自分の感情を置いてきぼりにして、爆発する。だから、恋も、人間関係も、会社も、全部やめる。最初は人生リセットが目標だったのに、だんだん「ささやかな暮らしをいかに充実させるか」に光が当たっていく。いま思うと、『凪のお暇』は「誰かに幸せにしてもらう時代の終わり」を告げていたのかもしれない。(あの頃ハマった「リブート」が遠くから聞こえてくる…!)
『じゃあ、あんたが作ってみろよ』の主人公。会社員・カツオはイケメンで大企業に勤めているいわゆる「理想的な結婚相手の条件」を兼ね備えた男性。そんな彼は一世一代の完璧なプロポーズを、彼女・鮎美に断られる。それをキッカケに自己のこれまでを省みる。誰かに何かに文句を言っていただけのカツオは、料理を通して「じゃあ自分で作ってみよう」という態度をとり始める。
社会のルールも、価値観も。もはや「正解」なんてどこにも無い。ましてや「完璧」なんてマボロシ。もはや「正解風なもの」があっただけで、実は正解なんていつの時代も無かったのかもしれない。
カツオが、出汁取り侍のように出汁を取り、筑前煮を煮るように。視点が変われば、答えは変わる。変化するからこそ見える自分や他人の言動の意味。過去の記憶ブーメランに頭をぶんなぐられるようなダメージを喰らう日もある。(辛いよね…カツオ…)と盃を交わしたくなりながら、毎週楽しみに見ている。
コロナ禍を経て社会って意外と脆いんだ〜って気づいてしまったことは、痛手でもあり幸いでもあった気がする。大企業だって倒れるし、明日何が起こるかなんて誰にもわからない。「レールに乗ってれば安心」という前提がなくなったら、人は自然と「自分の足」で立つしかない。だからこそ、「自分の理想の暮らし」を見つめ直す作品が増えている気がした。
お金があってもなくてもいい。
誰かと一緒でも、ひとりでもいい。
大事なのは、「目の前にある生活が、自分にとって心地いいかどうか」ー「理想の暮らし」とは、外から与えられるものじゃなく、自分の中からじわじわ見えてくるのかな。そして結局、幸せって「比較」じゃなく「納得」できるかどうか。社会のレールから外れるのは怖いし不安だけど、動いてみたら、景色も自分も違って見えるよって、この2つのドラマは教えてくれる。そして、そこにあるのは、出汁が香るささやかな暮らしの匂いなのかもしれない。
おわり
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