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NO.69 日記

自分が適応障害と診断され、心療内科受診の帰り道に寄ったお店で購入したのは日記帳だ。日付と曜日を記入する場所と1ページ使える日記帳だ。

父は母が入院していても1度も見舞いに行かないと妹から連絡を受け父に連絡をした。父はアルコールと薬がないと終始言っていた。わかったと伝えアルコールを送る。アルコールは重さがあるから配達料金が高い。

もうこれ以上、意識不明の母の面倒を診ながらアルコールと薬物依存の父の面倒を見ることはできないと思う。
離れたくても離れられない。
嫌いだけれど親だから仕方ないと自分に言い聞かせていた。
遠く離れた病院へ入院している母、たまに気の向いた時だけ見舞いに行く妹、見舞いに行くことを反対する妹の旦那さん。
そして自分には幼い子供3人と夫、そして夫の両親。
夫の両親は最初は本当に良い人で育ちの良い人たちだと思った。
義父は糖尿病でお酒NGなのに毎晩飲酒している。時にパチンコへ行きお酒を呑むと永遠に今日の詳細を語る。
義母は無口で笑顔を絶やさない人かと思えば、実際は笑顔が作れない常に無な顔をしていた。お笑い番組でみんなが楽しそうにしていても「こんなのつまらないわ」と言い違う番組に変える。TVに映っている人を見ると「みんな整形で同じ顔している」と言う。また自分の箸で歯に詰まったカスを箸の先で毎回シーシーやる事だった。一番記憶に残っているのは義母の実家はまぁまぁなお金持ちだったらしい。ブランドのYシャツなどを見せ「これは当時は〇〇円したのよ。あなたには買えないわね」と言う。
古めかしい柄でとてもじゃないけれどわたしの趣味ではない、とは言えずにいた。自慢話の多い義母、その話を聞かされるのも結構辛い。

そんな中、少しづつ日記を書くようになった。
1ページ全てに記入するのではなく、思ったこと、嫌だったこと、辛かった自分の状況など箇条書きで書いた。
盗み見する母もいない。
好きなように書いた。
時には、夫が買ってくれたコンビニのプリンが美味しかったとか、子供が笑顔で「ママ~」の一言がとてつもなく幸せに感じたなどだ。

この日記を書くようになり、過去の自分と今の自分。成長したところと、これから頑張ってみようとする自分、様々な自分に巡り合ったように思える。

この日記はもう何年も続けている。
そして、捨てた日記もある。泣きながらビリビリに破いた日記。
わたしの思いの詰まった日記だ。
それはいつか少しづつ書いて行こうと思う。

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