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NO.70 この町に居たくない

「この町に居たくない」そう言ってきたのはわたしの子供だ。
何があったかと言うと小さなきっかけで友達と喧嘩したと言う。
話を聞いていく中で、それだけではないと感じた。
義母と同居生活を初めて3か月目だった。
わたしの不在時に義母は子供たちに「あんたたちはただ飯を食べている」「あんたたちがいると私は不幸になる」「あんたたちのお陰で毎日がしんどい」「あんたたちのせいで静かな我が家が煩く感じる」などを子供に言っていた義母。
義母は愚痴がとても多い、そしてスキャンダル好きだ。
私は興味なんかありません!なんて顔をしながらご近所の情報に常にアンテナを張っているような人だった。

夫にその話をすると「家にお金も入れているし家賃代として別にも入れている」と言った。そして子供たちから聞いた話を夫に話すと「引っ越そうか」だった。

引っ越そうかと言われても物件探しや契約、転校の手続きなど全てまたわたしが1人でやるのか…と思うと夫は「暫く仕事を休める状態にして物件探しや転校の手続きなど俺もやるから、最初は大変だけれど一緒にやろう」と言った。

少し悩んだ。心療内科も慣れてきて漢方薬も効いてきた。
電車に乗るのは少し不安だし、急に悲しくもなったりするから不安でもある。
夫は「親と一緒に住んでいるから不安になるのかもしれないから一回チャレンジしてみよう!」と言った。

わたしにとっては冒険、大冒険的なワクワクもしたし不安もあった。
義母に引っ越しの話をすると嫌な顔をするのがわかっている夫は先に物件を決めようということになった。義父には先に伝えると「そうしたほうがいい」と初めて言った。
多分、毎日義母は義父にわたしたちのあること、ないことも愚痴を沢山言っているのだろうと推測した。

物件探しは簡単にスムーズに進んで行った。
その頃母は、少し意識が回復してリハビリをするようになったと妹から言われた。母は「青空は今どこにいるの?何しているの?」とわたしのことばかりを妹に聞いていると言っていた。
遠く離れてしまうと、病院へ行くのも大変だった。
でも、遠く離れたことによって少しだけ思っていた母が嫌いかもが、わたしは母が嫌いになった。
子供に自分の欲求、パチンコの為に借金の名義貸しをし自己破産させ、更に借金させた母。自分の欲求が通らないと首を絞め殺そうとした母。殴る蹴るは当たり前の日々。「お前なんか死んでしまえ」と言った母。
そんな母をずっと好きでいられるわけはない。
わたしにだって知識や知恵がついてくれば、母が大嫌いになるのは当然だ。

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