白熊座 【詩・メルヘン】
〈新しい星座を発見することは
新しい価値を発見することだ
今夜 あなたの見出す星座は
あなたの深層意識が
星々に与える影響なのだ だから
あなたは心して
星座観察に臨まなければいけないよ〉
ブロカロニ博士はそうおっしゃいました
博士は
とても優しく
そうおっしゃいましたが
それはとても厳しいお言葉にも聞こえました
〈博士はいつも優しいのに
お声を聞くと震えてしまう〉
ゴンドラを乗り継いで
山頂にたどり着きました
今宵
星座観察会が行われる場所です
もうすぐ一番星が見え始める時刻
僕らは各々
自分にもっとも適した場所を見つけて
仰向けに寝転んだのでした
昼間の空気が大人しくなり
風が冷えてくると
僕たちは息をひそめて
そのときを待ちました
夜のどん帳が降りてきます
星々は
三々五々輝き始め
少しずつ増えていき
やがて夜空いっぱいに
宝石を散りばめたみたいになり
けれど それらは
決してかたちをつくることのない
偶然性に支配された世界でした
星々が奏でていたのは
シンフォニーではなく
はてしもないざわめき
〈博士
僕には星座が見えません
なぜでしょうか〉
博士は答えてくれません
博士のいた場所には
影だけが揺れています
〈博士
僕はとても不安です
こんなに所在のない気持ちははじめてです
ほら
僕のまわりでは
もうシンクロがはじまっているようです
ひとりひとりの星座が
現れはじめているようです〉
しばらくの沈黙がありました
やがて 闇の中から
博士の声が聞こえてきます
〈お前が見ているものは
何億年も前の光だ
それは
何億年も前から
お前のそばにいて
お前を見守っていた光だ〉
〈博士
僕には何も見えません
星座を見つけることができません〉
〈お前は見つけなければならないのだ
それはいつでもお前のそばにある〉
星座は現れなかった
そのうちに
空いちめんに輝いていた星々が
ドラゴンのようにのたうち始め
いつのまにか 渦を巻いて
空の中心に集まり
濁流にのまれていく
その先は
暗黒星雲だった
ありとある存在が
一度吸われてしまえば
二度とは出てくることのできない天の穴
〈博士
何が起きているのですか
あれも僕の心の反映なのでしょうか〉
宇宙の底が抜けて
墜落していくみたいだった
汽車の音 船の汽笛
讃美歌の歌声 小鳥の鳴き声
ナイアガラの滝
ラフマニノフのピアノ
火山が爆発する音 波が砕ける音
それらを切れ切れにした音が
一緒くたになって聞こえ
耳がおかしくなりそうだった
目が覚めたとき
シャツがぐっしょり濡れていた
頭がぼんやりしていて
冷たい風が草をざわめかせた
夜空を見上げると
焦点を結び始めたレンズに映ったのは
ぼんやりと白いもの
くっきりと白いもの
その不可思議な連鎖
見たことのない星座がかたちを現す
それは
何かに似ていた
初めて見るような
昔から知っていたような
白いものが
白い息を吐き
とても優しく
白い手をさし伸ばすように見えた
※ 追伸
このたび、おこがましくも、白熊杯の審査員を務めさせていただくことになりました。なぜに私が、とも思いましたが、博士の言葉に抗うことはできず、せめてもの罪滅ぼしに、一片のポエムのようなものを捧げたいと思います。
