世界遺産:ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群
世界遺産の基本情報
複合遺産
1985年登録
i iii v vii
トルコ
トルコ
人口9800万人
世界で18番目に人口が多い
トルコには全部で22件の世界遺産がある
首都は、アンカラ
カッパドキア
イスタンブールから内陸へ700km
トルコ中央部の半乾燥地帯
ギョレメ国立公園がある
ギョレメ国立公園
キノコ型の奇岩群
→妖精の煙突といわれている
妖精の煙突
塔型
柱型
オベリスク型
ドーム型
ピラミッド型
エルジエス山の火山活動で積もって、厚い凝灰岩の層になり、差別浸食(雨や風の影響で硬いところは残って、柔らかいところはけずれる)で現在の形になった
高いものだと40mほどある
穴がたくさん開いている
→地下には巨大な都市があったと言われている
デリンクユ地下都市
カッパドキアで最も深い地下都市
八階建ての地下都市
地下約85m
最大二万人が入れる
カイマクル地下都市
とにかく広い
全長10km
最大で3~5千人
家畜を飼うスペースがある
貯蔵庫、ワイン醸造所、厨房などの生活に密着した構造
二つの地下土地は9kmの地下トンネルで繋がっていて、超巨大都市だった説がある
地下に住んでいた理由
避難所としての役割
4c
カイセリの司教パシレイオスの指導により、小さな隠遁者のコミュニティが岩を掘って住み始めたのが始まり
→宗教的な修行のための場
軍事的な脅威が高まった
人々は団結して岩窟の村落や本格的な地下都市を形成していった
凝灰岩は柔らかいため、人が手作業で掘りやすかった
教会の装飾
教会や修道院の数は最大で360個→今は30個くらい残っている
イコノクラスム(聖像破壊運動)があった
首都コンスタンティノープルの皇帝が、偶像崇拝の禁止・絵を壊せと命令
国の力が弱まったのは、偶像崇拝のせいだとした
地下に潜って、信仰を静かに行っていたのに、、、、。
聖像破壊運動の時期
725~842年
最小限→顔が描かれない
質素
十字架が中心
地上に合ったものは破壊されて残っていないけど、地下の教会は残っている
聖像破壊運動の終結後
842年~
豪華
色彩豊か
ビザンツ美術の傑作
今まで描けなかった人の顔を描いたり、堂々と信仰できる喜びで豪華になった(運動前に残っていた壁画の上に描かれたりしている)
地層のように重なって残っている→歴史の証人
世界遺産の景観
世界遺産に登録されているのは、妖精の煙突が見られる地域
ギョレメ国立公園内と周辺の村、少し離れた地域
広い範囲で警官が保護されている
広すぎるので、気球でツアーが人気!
主な構成資産
評価基準
i
たぐいまれな美しさ
iii
イコノクラスム終結後の時期におけるビザンツ美術
v
厳しい環境に適応した、伝統的な居住形態の傑作
4cからトルコによる信仰を受けるまでのビザンツ帝国の辺境州の姿を、化石化されたイメージとして保存
vii
自然が作り出した圧倒的な景観
伝統的な人類の定住地として優れた例
参考動画
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