人生の転機となったJA広報①
こんにちは。夏の朝は低血圧に苦しむお菓子屋あむの横溝です。
お菓子屋を始めるきっかけでもあり、我が人生の礎ともなったJAでの広報業務での経験を書いていきます(かたい)。
ただ思いが溢れすぎたので、今回はJAで働くことになったきっかけを書きました。
それまで勤めた職場では社内恋愛や不倫だらけだったり、使い捨ての駒のような扱いのところがあったり(笑)
ただ、こういった経験があったからこそ今の私が出来上がっているので全ては無駄ではないと思っています。
JAの在籍期間は2015年10月から2021年3月の約5年5ヶ月。
その前は家電量販店に5年間、趣味の写真に携わる仕事がしたくて転職し、結婚式場のスタジオで一年ちょっと働きました。
スタジオでは男社会の空気がどうしても無理で逃げるように辞め、その次の職場は折込チラシで見つけた派遣の仕事でアイス工場。そこでは「ありがとう」や「すみません」なんて挨拶はほぼ皆無。社員やパートさんからは名前ではなく派遣会社名で呼ばれる。
邪魔だったら後ろから押されるような、大袈裟に言えば人間扱いされてるとは思えない職場でした(笑)。
ここにいるとおかしくなる、私も誰かを後ろから押すような非常識な人間になるかもしれない。3ヶ月ちょっとで辞めました。
子どもの頃から我慢強さと負けず嫌いを自分の強みとして生きてきたけれど、ことごとく職場を変えてしまう自分は弱いダメな人間だと思うようになりました(なんてマジメ人間!)。
やっぱり私は人と接する仕事がやっぱりしたい!と思い、ネット検索。写真が好きなので、「写真 うきは市 求人」で調べ続け、またスタジオは怖いな…どうしようかな…と悩む日々。そこで出会ったのが、「JA広報 取材や撮影 広報誌制作」の求人でした。
引っかかったのは、文章作成の仕事。読書は趣味だけど、文章を書くのが大の苦手。私に出来るかな…いや、やりながら学ばせてもらおう!と申し込み。これも派遣での仕事でした。
面接は人事課長、広報部署の課長と部長、私、派遣会社の担当の方との5人で。合否の結果は後日…。
まさかの不採用!!!🙈笑
聞くと、もう1人応募があってその方はライター経験者とのこと。
うん、そりゃ経験者の方が即戦力だしね。だけど、部長は当時24歳だった私の若い力も即戦力になるんじゃないかと言ってくれたそう…。あ、ありがたや泣
(ちなみにその部長(当時)とは、今でも年賀状のやり取りをするくらい私が尊敬する人の1人です)。
派遣会社の方から「こちらもプッシュしたんですけど、JAさん側は経験者の方を採用したいそうで…私の力及ばずです、すみません」と連絡を受け、この方も良い人だな…。工場がおかしい人だらけだったからか、余計に優しさが身に沁みました。
さらに「これからどうしましょうか。もし他に求人の候補を探し中でしたら選果場の選果員さんを募集しているのでそこで働きませんか?」と。
ありがたい。。
写真の仕事を求めていたら、まさかの家から数分ほどの距離にある選果場勤務になりましたが、これがまた良い気づきになりました。
実家が柿農家でして、祖父母や父が作った柿がここで仕分けされ、市場などに運ばれて行くのですが、今まで選果場の中なんて入ったこともなく、正直農業はそこまで興味も関心もありませんでした。
働き始めた時期は9月。その頃は、梨や出始めの柿を等級や色・形で分けていき、箱に詰める作業が中心でした。
この農産物は農家さんが丹精込めて作ったものなんだよな。落としたり傷を付ける訳にはいかない。
それまで食べ物がどうやって作られるか、誰が作っているかなんて考えたこともなく、作業しながら農作業する祖父母や兼業の父が頭に浮かんでいました。
選果員さんは女性が多く年齢層は高め。どこの職場でもそうだと思いますが、派閥が見受けらました。おばあちゃん達は陰口ではなく本人を目の前にして愚痴を言うスタイル。長生きされている分、ハートの強さが違う…。
仲良くなったパートさんから「若いのにここで働くなんて珍しいねー」と聞かれ、経緯を話すと「頑張って他に良い所探してね!」と応援?してくれたりお菓子をもらえたり。別にノルマはないし居心地は良かったけれど、やっぱり人と接する仕事がしたくて毎日求人を探す日々にも転機が。
約1ヶ月働いた頃、派遣会社の担当者から「JAさんから採用したいと連絡がありました!どうしましょうか?」と。
ビックリ
聞けば、最初に採用した方が辞める?とかで、そしたらあの時の子(私)はどうだろうか、と連絡があったそうで。
こんなこともあるんだなと思ったけれど、迷わずOKの返事をしました。
・・ここまでがJAで働き始めるきっかけとなった話しです。
次回は、そこで出会った広報の先発との話しを書きたいと思います。
この先輩が、私がお菓子屋あむを立ち上げたきっかけとなった人であり恩師でもあります。1番厳しくて1番優しかった人。
奇しくも、今日8月16日は先輩の命日。
またじっくりと書いていきます。
