「儲からないけど意義がある」をどう支えるかーSoil x Kobeという実験(前編)
「儲からないけど意義がある」事業/チームを支援する公益財団法人Soilと神戸市が連携した社会起業家支援プログラム「Soil x Kobe」(ソイル エックス コウベと読みます)というプロジェクトがあります。他の自治体やスタートアップの皆さんからよく質問をいただくので、一度このプロジェクトについてまとめておくことにしました。私は民間出身で、現在は任期付公務員として期間限定で神戸市で働いていますが、そんな私にとって「関われてよかった」と感じる、感謝プロジェクトのひとつです。
本記事の内容はすべて筆者個人の見解に基づくものであり、筆者の所属組織を代表するものではありません。また、記載内容に関する誤り等は、すべて筆者の責任によるものです。
1. 公益財団法人Soilとは
非営利スタートアップに“事業として使える資金”を
公益財団法人Soil(以下、Soil)は「非営利スタートアップ」の創業期に事業助成を行う財団です。「非営利スタートアップ」は聞き慣れない単語ですが、Soilでは法人格にとらわれず、「儲からない」けど「意義がある」事業に取り組むチームを「非営利スタートアップ」と表現しています。
Soilは、非営利スタートアップに、圧倒的に不足している
創業期資金を助成し、成長の支援をする財団です。
「儲からない」けど「意義がある」事業に取り組むチームを、
あえて現時点では一般的でない、
非営利スタートアップという言葉で定義しています。
Soilの助成対象は、法人格不問。つまり、株式会社限定ではありません。何なら、法人格を持たない任意団体や個人も対象になります。ではなぜ、通常は株式会社であり、エクイティ調達を活用して急成長、10年で企業価値100倍・1000倍…といったイメージのある「スタートアップ」という言葉がここで使われているのか?
目指すのはエコシステム
Soil創業者の久田哲史さん。営利スタートアップ(いわゆる、通常の”スタートアップ”)である株式会社Speeeを創業し、同社の上場によって得た資産を原資としてSoilを設立されました。そのインタビュー記事に、Soil設立への思いが綴られています。
久田:私たちはSoilを「非営利スタートアップのインキュベーター・アクセラレーター」と定義しています。非営利スタートアップに、圧倒的に不足している創業期資金を助成し、また成長のための支援をする財団です。インパクト投資など、投資と寄付の間を担う、社会課題解決のための資金インフラは増えてきています。
他方、経済的リターンを一切求めない、エクイティも取らないという、非営利スタートアップ向けの”寄付”は、国内では稀であると思います。国内での寄付は、絶対額も限られている上、その支援も社会的に極めて困難な立場の人向けや、教育/研究など、特定の領域に偏っていて、いわゆる”事業性資金”がまったく足りていません。
注)太字は引用者による
非営利型の団体への「助成」は昔からあるけれど、絶対額が足りていない上に、領域に偏りがある。また、インパクト投資など、経済的リターンとソーシャルインパクトの両方を追求する新しい資金の流れは生まれてきたが、創業期の非営利スタートアップが事業に活用できる、株式(エクイティ)によらない資金が圧倒的に足りない、と久田さんは考えます。
(久田:)この「社会課題解決の”課題”」の解決策として、Soilが考えるのは、ごくシンプルな仕組みです。
起業家が営利スタートアップのエコシステムで、IPOやM&Aによって得た資金を、非営利スタートアップの助成に向けること。またそれだけでなく、事業開発のナレッジによって成長を支援していくことです。
Soilは、このコンセプトを体現するのはもちろん、これをモデルとして大きく広めるきっかけになることを目的としています。
(中略)
ここ十数年で急速にスタートアップエコシステムが醸成されてきたのと同じことを、非営利スタートアップでもできるのでは、と考えています。
注)太字およびカッコ内補足は引用者による
その解決策として久田さん、そしてSoilが提示するのが、この十数年で大きく拡大してきた営利スタートアップ(いわゆる、通常の「スタートアップ」)のエコシステムが持つ、資金や知見、人材の循環構造を、社会課題解決を志す非営利スタートアップの世界にもつくる、というものです。
「営利スタートアップ」にはあって、「非営利スタートアップ」にはないものへの問題提起。少し前だったら、「当たり前でしょう、非営利なんだから(or儲からない事業をしてるんだから)」と言われただろう、この2つの世界の差。久田さんのような営利スタートアップの世界で成功された起業家がこれを提言されたことに、新しい時代の流れを感じますし、逆に、営利スタートアップ側の方だからこそ、この発想が生まれたとも言えるのでしょう。

社会課題解決を“内輪”にしない
Soilの思想がもうひとつ現れているのは、Soil自身がこのモデルを体現することにとどまらず、この趣旨に賛同される他の経営者・起業家(いわゆる「営利側」の方)を巻き込み、大きな助成プロジェクトが手掛けられていること。久田さんが創業したスタートアップの上場で得た資産が元手といっても、エクイティも利子も受け取らないSoilの資金だけが原資では、Soilの助成事業はいつかは底が尽きるでしょう。そこで、Soilでは、Soil単独での助成事業(Soil100/Soil1000)のほか、他の企業や資金提供者と連携したプログラムを多く手掛けられています。
後述するSoil x Kobeでも、Soil創業者の久田さんに加え、神戸市にゆかりのある起業家/経営者の方からご寄付をいただきました(御礼申し上げます)。
佐渡島 隆平 様(セーフィー株式会社 代表取締役社長CEO)
辻 庸介 様(株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 グループCEO)
久田 哲史 様(公益財団法人Soil 代表理事)
でも、久田さん以外の起業家/経営者の方の巻き込みは、決して助成原資を増やすためだけではないはずです。起業家/経営者の方は知名度が高い。彼らは、いわゆる”社会課題解決界隈”ではなく、通常の”資本主義・営利企業の界隈”で知名度が高い。その方々の賛同しているプログラムなんだ!と世間に理解してもらうことは、単に助成の財源を増やすということ以上に、非営利スタートアップの価値を”内輪”に閉じず、そのエコシステムの必要性を世に問い、生態系を大きくしていくために不可欠で、本当に素晴らしい動きだなと思っています。
2. Soil x Kobe
Soil初の自治体連携プロジェクト
そして本題のSoil x Kobe(ソイル エックス コウベ)、公益財団法人Soilと神戸市との共同プロジェクトです。Soilにとって初めての自治体連携と聞いています。ひょんなきっかけでSoilの方とお話を始め、何か一緒にできるかも?と少しずつディスカッションを重ねていって、プロジェクトとして形になったのはおよそ1年後でした。
Soil x Kobeは、平たくいえば、公募で選ばれた非営利スタートアップ(=事業を通じた社会課題解決を目指す個人・団体)に対し、①神戸市内での実証実験支援(神戸市サポート)、②300万円の助成金(Soilより助成)、③経営ノウハウの提供(Soilより支援)を提供するというプログラムです。神戸市内での実証を希望する方であれば、神戸市内に限らず全国から広く応募を受け付けました。(*現在は公募終了しています)


なぜ神戸市がこのプロジェクトに関わったのか
上の図を見ていただくとわかるように、採択団体へ提供される助成金はすべてSoilから団体への直接助成。神戸市の予算は1円も支出されません。助成金原資はすべてSoil(そして前述の賛同寄付者の皆様からの寄付金)で賄われていて、これは、本当に本当にありがたい話です。でも、300万円×5件=1,500万円という金額自体は、神戸市の予算規模からしてびっくりするようなインパクトの金額ではありません。このご寄付をいただけたことはもちろんとてもありがたいお話ですが、神戸市にとってこのプロジェクトはそれ以上に、通常の予算事業(特に補助金)では必ずぶつかってしまう壁を、民間団体との連携で越えられる、稀有な機会だったのです。
神戸市の、私が所属する新産業創造課では様々な側面からスタートアップの支援を行う部署です。この中で、社会課題や神戸市内の地域課題解決を志すインパクトスタートアップ(ソーシャルスタートアップ、社会起業家、等々名称はいろいろ)を支援する施策を打ちたいと思ったとき、まず自然と思い浮かぶのが、あるいは多々リクエストを頂くのが「市内のインパクトスタートアップに対する直接の補助金/助成金」です。行政から企業に対する補助金/助成金には少額なものから(場合によっては)億を超えるものまでたくさんあり、身近に思われる方も多いでしょう。でも、特にこのテーマで補助金/助成金を活用するのは、簡単なことではありません。誰にとっても。
「行政の補助金」の難しさ
社会課題解決型スタートアップへの支援策としての「行政の補助金」の難しさは、大きく分けると「短期的成果への説明責任」「膨大な事務負担」「選定の公平性」の3点です。
①短期的な成果への説明責任
まずは、補助金に限らず、税金を使う事業には議会および市民の方への明確な説明責任が伴います。そして、多くの場合、予算は年度単位で振り返り、翌年「これは意味のある税金の使い方だったのか?」と評価されます。ですが、行政の事業で短期的な成果が出ることは多くありません。多くのVCでファンド期限が10年とされ、「これでは社会課題解決に取り組むスタートアップの時間軸と合わない(短すぎる)」と批判されることがありますが、行政の補助金は10年どころか1年での評価です。そして、明確な「短期成果」が出なければ、補助金制度自体が数年で打ち切りになることは珍しい話ではありません。また、制度が続いたとしても、公平性の観点や上記の「成果」への視線を考慮すると、同じ企業に対して毎年継続して助成を続けるということは現実的ではないでしょう。金額などの設計次第でもありますが、もし少額・単発の補助金となった場合、創業期の企業にとって事業をスケールさせていくための元手資金になりうるのか、というと難しいところです。
(余談)シンクタンク勤務時代に見聞きしていたEBPMの議論を思い返せば、ここにロジックモデル、ソーシャルインパクトの考え方を取り入れ、アウトプット、短期アウトカム、長期アウトカム・・とロジカルにKPIを設定し政策評価をしていく、というのが教科書通りのセオリーなのかもしれません。でも、中に入ってみて、それは思っていたよりずっと難しいのだなと痛感しています。ロジックモデルは道具なので、この道具を使って目線を合わせて議論することができなければ、作成の労力に見合わないように思います。
②補助金に伴う膨大な事務負担
①の説明責任とも関連しますが、補助金となると「◯◯万円をあげます!何にでも使ってOK!」ということにはなりません。補助金をもらう企業のどの経費のうち、どの経費が補助対象で、どの経費は対象外か、という線引が必要です。世の中の補助金には人件費は対象外というものも多いですし、他の経費もこういうものはOK、こういうものはNG・・と細かく決められているものもあります。そうすると、どの支出は対象となるのか逐一マニュアルを確認したり、問い合わせをしたり、という手間が生まれます。補助金を受け取る企業はもちろん、回答する行政職員側にも。さらに、本当にその補助金がその支出に使われたのかを確認するため、支出の証憑(領収書やクレジットカード明細など)が必要なことも。補助金額によっては、事業に集中すべき創業期の社会起業家にとっては過大な事務負担となり、さらに起業家を支援したくて始めた行政の確認作業負担も膨大で、一体誰のための支援か・・?となってしまいます。専門のバックオフィススタッフもいない創業期の企業にこの事務負担を課すことについて、行政が批判されることがよくありますが、①の説明責任を考えると、単に「時代遅れの行政が無駄な作業をさせている」だけなのではないと、ご理解いただけるのではと思います(もちろん、改善の余地はあると思いますが)。
(追記)さらに、「支出の証憑の確認」というフレーズからお分かりいただけるように、多くの場合、補助金は補助対象期間=支出がすべて終わった後に振り込まれます。一旦は立て替えなければならず、そのためのキャッシュが必要です。補助金の規模が大きくなればなるほど、この「立て替え払いのキャッシュがない」という問題が起業家を苦しめます。
③社会課題解決主体を「行政が」選ぶ難しさ
補助金の場合、補助要項や審査基準を作成し、(ときには外部有識者を交えた)選定委員会で補助対象を選定することになります。補助金の趣旨に合う企業、優れた事業計画を持つ企業、といった基準で選定されていきます。
でも、今回のように「社会課題解決に取り組む主体の支援」が補助金の趣旨だった場合、Aの社会課題とBの社会課題、どちらを優先するのか?という判断が迫られる局面がやってくるでしょう。自治体全体でみれば、それは選挙で選ばれた代表者による地方議会での議論を経て、各部署や各事業の予算配分に繋がっていきます。選挙を通じた民主主義のプロセスです。しかし今回のケースで、例えばスタートアップ支援部署という一つの部署が、並列の社会課題を並べて評価する、ということは根本的な矛盾をはらむ可能性が高いように思います。常に公平であるべき行政が、どのようにして一部の企業を、それどころか一部の社会課題を選定し補助することを正当化できるか?これはそんなに簡単な話ではないと考えています。
ただこれは、資金提供者が市民(税金)であるから発生する問題であり、民間の企業や財団、個人寄付者からの助成であれば問題ないでしょう。
行政の限界を補う“資金の設計”
今回、Soilという民間の財団から(神戸市を経由せず)採択企業に直接助成いただくスキームとすることで、上記①〜③の壁を「超える(避ける)」ことができています。
特に②の事務負担では、今回Soilから助成される300万円については使途自由(今回応募した神戸市での実証経費に使っても使わなくてもOK)、補助対象経費なのかどうかを考える必要もなく、証憑も必要ありません。補助対象期間という考え方もないので、「年度内に使い切らないといけない」ということもありません。これだけでも、これが行政からの補助金だった場合と比べて、貴重な起業家の時間がかなり浮いたはずですし、事業をよりスケールさせていくための自由度の高い使い方をしていただけたと考えています。
(補足)これは、行政の既存制度を否定したり、無理に変えようとしたものではありません。既存制度には既存制度の必要性がある中で、その制度には馴染みづらい新しい課題について、民間の財団と連携することで別のスキームを試すことができた、という話です。
資金だけでは足りない——実証という支援
そして、助成金部分をSoilからの直接助成としていただく代わりに、採択団体の神戸市内での実証サポートを、神戸市が引き受けました。創業期のスタートアップが事業をスケールさせていく時、まずは小さく試してみて顧客の反応を見たり、有効性を検証したり、初期の実績をつくる、といった「実証」が有効です。でも、スタートアップが独力でそれを行うことは簡単ではなく、特にそれが社会課題解決を志す事業の場合、行政の各部局の協力が必要なことも多いので、それを神戸市のスタートアップ支援部署が伴走支援することにしました。Soil x Kobeへの応募時に、神戸市内で誰の協力を得てどんな実証がしたいのかを記載いただき、採択後にさらに詳細を協議しながら実証を進めていきました。
スタートアップの実証支援は、私たちにとって長年やってきたことです。でも、こちらの記事の後半で書いた通り、民間企業からの提案をベースとした官民連携・実証実験は、行政が自覚している「行政課題」をベースとしたものより、ずっとずっと難しい。だからこそ、今回Soilとの連携事業としてこちらに取り組むことができたのは、本当にありがたい機会でした。
このモデル(注:行政課題発の官民連携プロジェクト)で解決できるのは「自治体が課題だと認識している社会課題」のみです。どれだけ当事者に痛みがあっても、行政・あるいは政治が課題と認識していなければ、永遠にこのモデルで「課題」として提示されることはありません。
ただ、民間発の課題提示・ソリューション提案を、自治体の各部署や関連するステークホルダーをすべて調整して実行するのは本当に難しく、調整コストも高いので、上に書いたことはすべて「言うに易し・・」です。予算単年度主義の中で、自治体の各所管部署では、その年度に取り組む事業や仕事は年度末分まですべて決まっていて、それに基づいた人員配置がなされているので、年度途中で舞い込んだ新たな実証プロジェクトに取り組む余力のないところも多くあります。他にも、課題認識が合わなかったり、他施策との整合性がとれなかったり、ステークホルダーの利害調整が大変すぎたりと多くの障壁があり、これをうまく避けて通れる(乗り越えるというよりは避けられる)ものしか実現が難しいのが実際のところです。
今回はSoilさんの絶大なヘルプがあり、また関係する庁内外の皆さんもオープンに話を聞いてくださって(心配していた門前払いは全然なかった!涙)、さらにいろいろなタイミングなど運も味方してくれたおかげでこの実証事業が可能になったのですが、では神戸市で今後これを持続的に行えるか?というと、かなり難しい(これを持続的に行っている自治体もあります、本当にすごい)。課題解決だけでなく課題「発見」においても官民協働が必要で、でも多くのリソースがかかるのでなかなかできない。今後は、このジレンマを解決できる枠組みについて考えていく必要があるのかなと思っています。
実証サポートへのニーズ
Soil x Kobeは、蓋を開けてみると想定を上回る多くのご応募をいただきました。「神戸での実証支援」はSoil x Kobe採択の特典ではありますが、純粋に助成金を受け取るだけの他の助成事業と比べると、考えようによっては負担でもあります。
でも、綿密な実証計画とともに応募してくださった皆さんからは、「助成金はもちろん、実際に自治体が実証を支援してくれるところに惹かれて応募した」との声を多くいただきました。スタートアップ発の実証は本当に難しいですが、でもやっぱりニーズがあるのだと改めて思った機会でした。
【2月16日】Soil x Kobe 最終成果報告会
ここまで長々書いてましたが、ここまでがSoil x Kobeのプロジェクト全体像です。後編では、実際にどんな社会課題に挑むチームが採択され、神戸でどんな実証が行われたのか。そして、このSoil x Kobeという実験は、神戸にとって、そして他の自治体にとって何を示唆するのか。このあたりを考えていきたいと思います。
さて、そのSoil x Kobeの採択企業成果報告会を兼ねたイベントを2月16日に神戸市内で開催します。採択団体のピッチやトークセッションがあります。ご関心のある方がいらっしゃれば、ぜひウェブサイトも覗いてみていただけるとうれしいです。
【追記】後編を書きました!
