江戸の旅籠でおまるを使う夜――夜間事情と心理的緊張を考える
江戸時代の旅籠では、夜間の用を足すことが大きな課題でした。共同の便所や屋外の便所まで行くには、暗く狭い縁側や通路を慎重に進まなければなりません。隣室の寝息や物音に気を配りながら、誰にも気づかれずに用を足すタイミングを計るのです。大人でも心理的な緊張感は相当なものでした。
そんなときに活躍したのが、客室に置かれるおまる的な簡易便器です。木製や竹製の桶、あるいは陶器製の小型容器が用いられ、夜間や雨の日、外の便所に行けないときの「最後の手段」として使われました。大きさや形は旅籠によって異なりますが、足元の狭い空間に置かれることが多く、使用後は宿の人、特に飯盛女や下働きが片付けるのが基本でした。客自身が処理する必要はほとんどなく、衛生面や心理的負担の一部を宿が担っていたのです。
それでも、夜間におまるを使うのは簡単ではありませんでした。板張りの床や縁側をそっと進み、寝静まった周囲を気にしながら用を足す必要があります。我慢の限界に達すれば、間に合わず失敗してしまうこともありました。おまるはあくまで補助的な存在で、安全や安心の保証はありません。
こうした事情から、江戸の旅籠での夜間トイレは、大人にとっても一種の試練でした。おまるはその緊張を少し和らげる道具でしたが、旅籠全体の不便さや不安は、利用する者の記憶に深く残ったことでしょう。



