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永遠より長い一瞬、欅坂46が見せてくれた景色

小学生の頃、カラオケにハマっていた。

小学生の遊びといえば、公園で走り回るか、友達の家に集まってDSかWiiをやるかの二択だと思うが、私の住んでいた地域は妙にマセガキが多く、カラオケに行ったりスタバでおしゃべりしたりする小学生がごまんといた。

お察しの通り私も地域のマセガキ構成員の一員であるが、もちろん公園にも行くし、DSも妖怪ウォッチバスターズで日ノ神を倒せるぐらいにはやりこんでいた。ただ、単純に歌うことが好きということと、カラオケが自転車で15分くらいと小学生のお出かけにはうってつけの場所に位置していたこともあり、よく友人と休みの日に行っていた。

冷たい風が涙腺を刺激するような冬の日だったと思う。小学校5年生の私はその日も友人とカラオケに行くために、白い息を吐きながら自転車を漕いでいた。

顔馴染みの店員さんの受付を通り抜け、案内された部屋に入りいつも通り歌い始める。当時はKANA-BOONのないものねだりをよく歌っていた気がする。私も友人もスタートダッシュで予約リストを埋めまくり、各々自分のいわゆる持ち歌をある程度歌い切った。デンモクの予約リストは空っぽになった。画面には宣伝映像やCMが流れ始める。歌うことに一区切りついた私たちは、意味も無くぼーっと画面に目をやる。そこには最近デビューしたらしいアイドルの紹介映像、私にとって大きな出会いとなる映像が流れ始めた。

「欅坂46、、?」

「46」と名前についているので、アイドルであるということはすぐに分かった。ただ、当時の私のアイドルへのイメージはというと、AKB48を始めとする可愛らしいキラキラとした雰囲気をまとった存在。私はというとひらひらのスカートなんかほとんど履いたことが無い、あんなの動きにくいだけやんと本気で思っていた。プリクラはお金の無駄だと思ってたし、私の習字セットなんか、周りの女の子が使っていたフリルとかチェックの柄とは裏腹に、メタリックシルバーによく分からんサッカーチームのエンブレムが付いていた。サッカーには全く興味はなく、ただ単にかっこいいという理由だけで選んだのがまた単純である。可愛いよりかっこいいが大好きだった。

そんな私がアイドルなんて好むはずもなく、今から流れるであろう映像には微塵もそそられない、予定だった。

流れた映像は、欅坂46デビューシングル「サイレントマジョリティー」のMVだった。

映像を見終えた私は、欅坂46のファンとなった。

私の想像していたアイドル像とは似ても似つかない。誰ひとりとして笑うことはなく鋭い眼差しを持つ。瞳に喜色や煌びやかさは無いが、夢と希望と勇気に満ち溢れている。

ダンスも他のアイドルとは一線を画す。こんなにも激しく踊るアイドルは見たことがない。こんなにも表現力に満ちた踊りは見たことがない。

君は君らしく生きて行く自由があるんだ
大人たちに支配されるな
初めから そうあきらめてしまったら
僕らは何のために生まれたのか?
夢を見ることは時には孤独にもなるよ
誰もいない道を進むんだ
この世界は群れていても始まらない
Yesでいいのか?
サイレントマジョリティー

サイレントマジョリティー/欅坂46

そう歌う彼女たちのメッセージは、画面越しにも関わらずこれほどかと言うまでに注がれてくる。私が人生で初めて心が震えたと言える瞬間は、このときである。

その日のカラオケで「サイレントマジョリティー」を歌った。まだサビしか分からなかったが、歌った。歌いたかったというよりも、画面に映る彼女たちをもう一度見たいという思いがあった。だから歌った。

まさか自分がアイドルにハマるなんて想像もできなかった。初めにハマるならバンドの類かなとか思っていたが、まさかアイドルにハマるとは。(のちにバンドにもしっかりハマった)

家に帰っては、すぐさま最近お下がりでもらったiPhone5で、もう一度MVを見た。そして調べた。欅坂46のこと、メンバーのこと。

カラオケで初めてMVを見たときも、家に帰ってスマホで見たときも、その後幾度にも渡る回数を見ても、一人だけ目で追ってしまう存在がある。それが最年少センター、平手友梨奈だ。

欅坂46という世界観を当時中学生、たった3つ上の人が作り上げているなんて衝撃的だった。そこらの大人の何倍ものオーラに満ち溢れている。誰よりも強い光を放っている。初めて、この人を本気で応援したいと思える人だった。初めての推しだった。

それからというもの、小学生ながら欅坂46を応援していた。小学生の推し活なんて、せいぜい音楽番組に出演していたら録画するとか、新曲がリリースされたら聴きまくるとかそれくらいだ。令和くらいSNSが発達していたら、当時の私はもっと推し活に専念できていたのかなとか思う。もはやこれくらいは推し活とは言えないかもしれない。だが、当時の私は本気だった。

私が欅坂46にハマったのは、その類の無い世界観、そして平手友梨奈の存在があるが、何よりも大きなトリガーとなったのはメッセージ性だ。

よく、曲は曲調派か歌詞派かみたいな話になるが、私は圧倒的に歌詞派だ。もちろん曲調が良いに越したことは無いが、曲を聴く上でなんでこんな言い回ししたんだろうとか、誰に向けたメッセージなのだろうとか色々考えてしまう。現に、中学生になった私の趣味とまでは言わないが、欅坂46の歌詞考察をよくしていた。それぞれの曲に込められたメッセージを自分なりに受け取って、そのときの自分に必要な言葉を探すように曲を聴いていた。

顧問の先生に理不尽に怒られたときは「大人は信じてくれない」

気になる人と学校で話せたら「世界には愛しかない」

進路に迷ったときは「制服と太陽」を聞いてから「サイレントマジョリティー」

あげればキリがないが、わかりやすいのはここら辺だろうか。中学生でやってることがだいぶおかしいなと、大学4回生になった私はつくづく思う。だが、この歌詞考察の習慣のおかげで気持ちばかり語彙力が上昇した。よく分からん横文字の意味を調べたりするうちに私の脳内辞書は埋まっていき、中学生のくせに「それはアンビバレンスやなー」とか一丁前に言っていた。ドヤ顔付きで。

この頃はよくローソンと坂道のコラボがやっていた。欅坂46とのコラボ期間は、確か買い物をしたら金額に応じてカード?みたいなのがもらえた。私はそのカードで平手友梨奈が出るまで、近所のローソンを徘徊しまくってた気がする。それと同時に一番くじもやっていて、A賞辺りのボックスリュックを狙っていた。中学生の有り金を投資して3回ほどくじを引いたが出なかった記憶。その代わりにサスペンダーが当たって、レジのおばちゃんが「おっきいの当たったな〜(^^)」と話しかけてくれたのだが、嬉しくも悔しさが勝っていて愛想がやや悪い返事をしてしまった気もする。今考えれば、3回でA賞並みの景品を当てようとしているその考えがなんて浅ましい。確実に言えるのは、小学生のときよりも推し活レベルが上がっているということである。

高校受験を控えた私には一つの夢があった。それは、「欅坂46のライブに行く」ことである。確かに推し活レベルは上がりはしたが、なかなかライブに行こうとまではならなかった。ライブに行きたい気持ちは山々だったが、やはり中学生でライブは危険かな?とかお金がないなとか考えてしまった。YouTubeに上がってるライブ映像は見尽くし、欅共和国(野外ライブ)のDVDも何周もした。後は私の目で、彼女たちの世界観を目撃するだけだ。

私は大阪に住んでおり、よくユニバには友達と行っていた。月2ユニバみたいな時期もあった。ユニバに通うくらいならライブくらい行けアホと、過去の自分に叫んでやりたい気分である。

そして事件は起こった。界隈では「1.23事件」と呼ばれている。

平手友梨奈、鈴本美愉、織田奈那が1月23日当日に脱退、卒業発表したのだ。受験が終われば欅坂46に会える、平手友梨奈に会える、そう思った矢先だった。

報道された瞬間、私はお風呂の脱衣所にいた。今日も早く寝て、明日は世界史からやろうかなーなど考えながら呑気に髪を乾かしていた。そしたらいつもよりやけにスマホの通知がうるさい。なんや?同級生が付き合ったとかそんな話かなーと思いながらLINEを開く。

「詩音大丈夫かー」

これ系のLINEが3つくらい送られてきてた。詩音は全然大丈夫やで、明日の予定を考えれるくらいには余裕あるし。ただ、なんだか嫌な予感がした。

こういう時の勘っていうのは何故か当たってしまう。頼むからドラマの中だけにしてほしい。Twitterを開く。卒業と脱退の文字がやにわに飛び込んできた。頭が真っ白になった。

リビングで泣いた。ありえんくらいくらい泣いた。お母さんも兄弟もいたけど泣いた。悲しいとか嫌だとか信じられないとか色んな感情がぐちゃぐちゃになってしまった。親はまだしも兄弟の前で泣くなんて恥ずかしいったらありゃしない。だが、最初の涙がこぼれてしまうと、あとはもう止めようがなかった。私は大丈夫じゃなかった。

ただ、どんなに泣いても悔やんでも、平手友梨奈は欅坂46を脱退してしまうし受験はやってくる。脱退理由も欅坂46がこれからどうなるかも何にもわからない。

毎日塾帰りの夜道では、「角を曲がる」を聞いていた。

なんとも平手友梨奈らしい選択だったなと思う。「卒業」ではなく「脱退」という言葉を使い、彼女の気持ちを彼女なりに伝えようとしてくれた。この世界に踏み込んでから、少女一人では背負いきれないほどの期待、重圧、責任を背負いながら、私たちに「私」を生きる勇気を与えてくれた。平手友梨奈は、何よりも「言葉」を大切にする人だった。

受験が終わり、私は欅坂46のファンクラブに入った。推しは脱退してしまったが、欅坂46がこれからどんな道を歩んでいくのかが気になって仕方がなかった。私の考え方、価値観に色をくれたのは紛れもなく欅坂46だ。黒い羊で仲間を知った「僕」が、次に描くストーリーが知りたかった。

その答えは思っていたよりも早く舞い込んできた。新型コロナウイルスの影響で元々予定されていた有観客ライブが中止となり、その代わりに「KEYAKIZAKA46 Live Online,but with YOU!」という初の無観客・配信ライブが行われることになった。

私にとって初の欅坂46のライブ。配信という形ではあるが、私の胸は高鳴っていた。

配信ライブ当日、お母さんのMacbookを借り、自室に閉じこもり電気を消し、蒙古タンメン中本を準備して臨んだ。初ライブのくせに「配信」を逆手にとって最高に楽しんでやろうという魂胆だった。

ライブが始まれば、私は蒙古タンメンなんて啜る暇もなく、その世界観に圧倒されていった。曲ごとに変わる表情、時折見せる笑顔、その全てに惹かれていった。スープは冷め切ってしまった。

「ガラスを割れ!」が終わったタイミングで、MCタイムに入った。そろそろ終盤やし、最後の曲にでも入るのかな?それくらいにしか思っていなかった。キャプテンの菅井友香が前に出る。どこか暗い表情をしている。そして口を開いた。

「欅坂46とは前向きなお別れをします。」

もう、意味がわからなかった。推しが脱退して、受験が終わったかと思えばコロナで有観客ライブも行けなくて、欅坂46が終わる、、?

彼女たちが選んだのは、欅坂46とはお別れをし、グループ名を改名する道だった。デビュー当時から注目を集め、その後もシングルを出すたびに話題になる。MVの総再生回数は坂道グループでも群を抜いていおり、音楽番組に出演すれば必ずトレンドに上がる。そんな、グループ全盛期の状態でお別れをすることを選んだのだ。

今でこそかっこいい幕下げだったと思うが、当時の私はパニック状態だった。彼女たちの決断に文句があるわけでも、葛藤が見えないというわけでもない。ただ、今の私があるのは「欅坂46」の世界観とメッセージのおかげなのは事実であり、私の根本を支えてくれている。唯一無二の世界観とメッセージが失われてしまうこと、二度とパフォーマンスとして目撃することができなくなったことに理解が追いつかなかった。「欅坂46のライブに行く」という夢を叶えることができなくなったと、そう嘆いていた。

配信ライブ最後で披露された曲は「誰がその鐘を鳴らすのか?」という曲だ。

瞳を閉じて 聴いてごらんよ
自分の言いたいことを 声高に言い合ってるだけだ
際限のない自己主張は ただのノイズでしかない
一度だけでいいから 一斉に口をつぐんで
みんなで 黙ってみよう

Wo oh oh oh oh oh oh・・・
Wo oh oh oh oh oh oh・・・

僕たちの鐘はいつ鳴るんだろう?

だけど問題は 誰がその鐘を鳴らすのか?
この世の中に神様はいるのかい? 会ったことない
その綱を奪い合ってたら 今と何も変わらないじゃないか
そばの誰が誰であっても鳴らせばいいんだ
信じるものがたとえ違ってても
そう平等に・・・

誰がその鐘を鳴らすのか?/欅坂46

サイレントマジョリティーで自分の意思を持つことの大切さを教えてくれて、不協和音ではその意思を主張し貫く勇気を教えてくれた。ときにアンビバレントに相反する感情に挟まれて、黒い羊になることを選んだ僕。その僕が最後に選んだのは、意見を主張することでも、悪意を買ってでも突き進むことでもなく、口をつぐんで周りの声に耳を傾けることだった。

神様のような絶対的な存在がいれば、この世に争いなんて起きなかっただろう。神様が一言、「これはこうだ」と言ってしまえば、それで済む話だから。ただ、この世界に神様はいないし、いたとしても争いを止めてくれないなんて意地悪な話だ。ある人にはある人の正義があるし、その正義の反対側にも正義を持った人がいる。住む場所も、話す言葉も、信じるものも違うかもしれない。

誰かが言う、「みんな、静かに。周りの声も聴こうよ」と。一見素晴らしい発言に見えるこの声も、ただ自分の正義を振りかざしているのと遜色はなく、一つの主張である。誰もが自分の正義を主張するこの世界に必要なものはなんだろうか。説得のための「言葉」ではなく、誰の心にでも響くような「何か」ではないだろうか。

この世界に大きな鐘があったらどうだろうか。世界中のどこにいても聞こえるような大きな鐘。争いごとが起きそうになった時、誰かが悲しみに俯いてしまった時、鐘の音が響けば、私たちは前を向けるのだろうか。

なんとも欅坂46の世界観を飾るにふさわしいことだろうか。この曲を歌う彼女たちの表情が忘れられない。メッセージを押し出すというよりも、静かに強く、訴えかけるような、そんな感じがした。目が離せなかった。

欅坂46は、私にたくさんの景色を見せてくれた。良いことも、悪いことも、苦しいことも、楽しいことも。


永遠より長い一瞬


サイレントマジョリティーの最後、彼女は微笑んでいた。

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