第11夜《若き晩年の音楽》シューベルト:幻想曲 ヘ短調 D940
あの日、出会った一曲
私がこの作品に初めて出会ったのは、小学生の頃だった。ラドゥ・ルプーとマレイ・ペライアによる連弾のCDを、夢中になって繰り返し聴いていた。
もちろん当時の私に、この作品の深さなど理解できるはずもない。ただ、1台のピアノから溢れ出す圧倒的な響きと、息もつかせぬ音楽の流れに心を奪われた。「なんて格好良い曲なんだろう」。そんな純粋な憧れが、この作品との最初の出会いだった。

しかし、不思議なことに、この幻想曲は聴くたびに違う表情を見せてくれる。
学生時代には、その壮大な構成に驚かされた。自由に流れているように聴こえる音楽が、実は驚くほど緻密に設計されていることに気づき、楽譜を開くたびに新しい発見があった。そして演奏家として向き合うようになってからは、その構築性の奥にある静かな抒情や、人間の温もりに心を動かされるようになった。やがて、この作品は「好きな曲」から「いつか演奏したい曲」へと変わっていった。
その願いが叶ったのは、大学卒業後、同級生のピアニストと開いたデュオ・リサイタルである。私はセコンドを担当した。憧れ続けた作品は、想像していた以上に奥深かった。
ただ譜面を正確に弾くだけでは、この音楽は決して立ち上がらない。相手の呼吸を感じながら、一つの響きを育て、二人で一つの大きな時間を紡いでいかなければならない。旋律だけでなく、和声の重心、響きの移ろい、そして約二十分に及ぶ全体の構成を見渡しながら歩んでいく必要がある。
演奏を終えたとき、「難しい作品だった」という思いよりも、「この作品とは一生付き合っていくのだろう」という実感の方が強く心に残っていた。
あの頃はまだ知らなかった。この作品が、シューベルト自身にとってもまた、人生の終わりに辿り着いた場所であったことを。
人生最後の年に遺されたもの
シューベルトが《幻想曲 ヘ短調》を書き上げたのは1828年。彼が亡くなるわずか数か月前、人生最後の年である。作品は翌1829年に出版された。しかし、自筆譜にはすでに作品番号103が記されており、生前から出版の準備が進められていたことが分かっている。
献辞は、若き日に音楽教師として仕えたエステルハージ家の令嬢カロリーネへ捧げられた。その献辞にどのような思いが込められていたのかを知ることはできない。恋情だったのか、敬愛だったのか、それとも言葉にならない別の感情だったのか。
けれど、自らの人生の終わりを静かに見つめながら、この最後の大作を彼女へ託したという事実だけは、今も変わることなく残されている。
その静けさは、不思議なほど、この作品全体に流れる空気とも重なって感じられる。
草稿が語る創作の軌跡
では、この作品は、どのようにして現在の姿へと辿り着いたのだろう。その問いに静かに答えてくれるのが、今日まで残された草稿である。
ヘンレ版校訂者ヴィリ・カールは、現存する草稿から創作の歩みを丹念に読み解いている。終結部を飾る壮大な二重フガートは、最初から存在したわけではなかった。第三部の構想も現在とは異なり、楽章の速度表示にも変更が加えられている。
しかし興味深いのは、それらを除けば完成稿との差異が驚くほど少ないことである。品の骨格は、すでに初期の段階で出来上がっていた。
この幻想曲は、大胆な改作によって生まれた作品ではない。確かな構想を胸に抱きながら、一つひとつの細部を静かに磨き上げ、完成へと近づいていった作品なのである。

二つの資料が照らし出すもの
一方で、浅里公三氏は、この作品をシューベルト最晩年の精神の結晶として捉え、カロリーネへの献呈に作曲家の深い思いを読み取っている。
ヘンレ版は、作品が「どのように生まれたのか」を語り、
浅里氏は「なぜ生まれたのか」を見つめている。
一つは創作の軌跡を、もう一つは作曲家の心の軌跡を描いているのである。
この異なる二つの視点は、この幻想曲という一つの作品の中で、静かに結びついているように思える。
幻想曲という名の建築
こうして作品の歩みを知ると、次に耳が向かうのは音楽そのものである。「幻想曲」という題名からは、自由で即興的な音楽を想像するかもしれない。しかし、この作品ほど堅固な構築性を備えた幻想曲も珍しい。
四つの部分は切れ目なく演奏され、終曲では冒頭の主題が静かに回帰する。そして頂点には、二つの異なる主題が同時に展開される壮麗な二重フガートが築かれる。それは高度な対位法の技巧であると同時に、作品全体を支える一本の大きな柱でもある。まるで一つの大聖堂が、精緻な設計のもとに少しずつ姿を現していくような美しさがある。
けれども、その建築は決して冷たい石ではない。そこには人の声のような温もりがあり、夕暮れの光のような柔らかさがある。
厳格な構成と深い抒情性
この相反するように見える二つが、少しも矛盾することなく共存しているところに、この幻想曲だけが持つ美しさがあるのだと思う。

若き晩年の音楽
しかし、どれほど作品の背景を知り、その構成を理解したとしても、この音楽の魅力は最後には説明を超えてしまう。
資料が教えてくれることには限りがある。残された音楽だけが、今もなお私たちに語り続けているものがある。
この幻想曲を聴くたび、私はある不思議な感覚に包まれる。
そこにいるのは、31歳の青年ではない。長い人生を歩み、多くの喜びと悲しみを知り、それでもなお世界を静かに受け入れている、一人の人間である。その響きには絶望よりも受容があり、悲嘆よりも慈しみがある。だから私は、この作品を聴きながら時折思う。
シューベルトは31年しか生きなかったのではない。この一曲の中で、誰よりも長い人生を生きたのではないか、と。
少年だった私は、この作品を「格好良い音楽」として聴いていた。
青年になって演奏したとき、その巨大な構造の中で何度も道に迷った。
そして今、資料を読み返しながら、再びこの作品に耳を澄ませている。
不思議なことに、音楽はあの頃と何一つ変わっていない。
変わったのは、それを聴く私自身である。
だから私は、これからも人生の折々で、この幻想曲へ帰ってくるのだろう。そのたびに、少年の日には見えなかった景色を、また一つ見つけるのだと思う。
シューベルトが31年という短い生涯の中に託したものは、決して「晩年」の音楽ではない。限られた時間を生きた一人の青年が、その短い生涯の中で到達した、驚くほど成熟した精神の世界である。
だから私は、この作品を「若き晩年の音楽」と呼びたくなるのである。

