神の子とダンジョン・第1話 − 174
− アルス姫の披露宴1週間前 −
「オマエが黒フードか?
バカルとトールから逃げのびるとは、驚いたな。」
言葉どおり、楽しげに勇者が話しかける。
その背後には、ドアにもたれるようにして、ジャックが腕を組んで退屈そうに立っている。
黒フードと呼ばれた男は、
「ならば、我が剣ハンニバルで切り捨てるのみ。」
そう言い放つと、瞬時に勇者へ詰め寄る。
その刹那、刃が光った。
――だが、
剣を抜かんとする姿勢のまま、男は動きを封じられていた。
まさに身動きが出来ずに、凍りついたかのような様子だ。
勇者が、口笛をひとつ鳴らして、軽く男を押すと、そのままの姿勢で賊は倒れ、ハンニバルと呼ばれた剣だけが、石畳の路地へ転がった。
そこへ、息を荒くしたバカルとトールが走り寄ってくる。
ジャックは転がる剣を拾い上げ、屈託なく言った。
「これ、貰っていい?」
勇者は気にも留めず、
「持ってけ持ってけ。
ただしジャック、悪いが今日は少し付き合ってもらう。」
そう言って、バカルに顎で合図し、賊を縛り上げさせる。
「トールとダンジョン行きたかった。
オイラ借金、まだまだあるんだから。」とジャックが不満そうに言うが、
「気にしない、気にしない。」勇者は、まるで取り合わなかった。
捕縛された黒フードは、そのまま王城へと連行された。
「少し、場所を移すぞ。」勇者はそう言って、ジャックを促した。
* * *
城内の門近くの部屋
「僕が以前使っていた部屋だ。」勇者がそう言って室内に入り、
「こちらはリュネ姫。
現后のご息女だ。」と知り合いを紹介するかの気軽さで言う。
ジャックは少し戸惑いながらも、すぐに姿勢を正して丁寧に頭を下げた。
「この者が、もう一人の神の子か。
城まで来させてすまない。」そう言ってから、リュネは静かに続ける。
「早速だが…… 見せてもらっても良いだろうか。」
ジャックは頷き、テーブルの上に置かれていた花瓶を、ふわりと宙に浮かせてみせた。
「……変わった精霊契約陣だな?」
勇者が補足する。
「ジャックは読み書きが出来ないから陣に文字は出ない。
彼は大怪我をした後から、
自然と陣を展開できるようになって……」
そこまで聞いて、リュネ姫は小さく目を細めた。
「ほう。
奇遇だな……私も大病をしてから、突然だった。
だが……これでは、普通の精霊魔法だ。
何故、神の子と噂されるのか。」
リュネ姫が言い終わらぬうちに、ジャックは、ふっと陣を消した。
驚くリュネの眼前で、ジャックは花瓶を逆さまにする。
しかし――
一滴の水も、こぼれない。
「……?」
リュネ姫は視線を勇者へ向ける。
「大地の力を……
同時に、二つ使っているのか?」
勇者は小さく頷き、口を開く。
「さすがリュネ姫。
理解が早い。」
「陣が見えない。
故に―― 精霊魔法だと思えない。
確かにこれでは、
精霊王の御業としか思えんな。」
勇者は、苦笑まじりに続ける。
「そう。
その “ 奇跡 ” が起こる度に、
こいつが、必ずその場にいる。」
リュネ姫が花瓶を見つめながら言う。
「……精霊王に守られている。
それが、神の子……か。」
リュネは静かに息を整え、呟いた。
「アナテス。 出でよ。」
次の瞬間――
今度は、ジャックが目を見開いた。
「せ、精霊王様っ!?」
驚くジャックの姿に、リュネ姫が、どこか嬉しげにほくそ笑んだ。
「アナテスという。
精霊ではあるが、精霊王ではない。」
そう前置きしてから、アナテスはジャックを眺める。
「ふむ……普通の人の子だな。
召喚された異界の者でもない。
それに、――何より、勇者より慎ましい。」
その言葉に、勇者は苦笑する。
横で、リュネ姫がアナテスを見つめながら言った。
「アナテスを見て、精霊王様と思うたか……。
確かに、人のようだな。
だが、越後屋ジャック様よ。
お主様、帝国に狙われるぞ。」
その言葉にジャックが応じる前に、ちょうど部屋へ入ってきたアルス姫が、勇者の肩にそっと手を置き、口を開いた。
「それは、彼も承知しております。
私とリュネ様のために、と越後屋ジャック様が仰ってくださいました。」
リュネ姫が、すぐさま首を振る。
「姉様、だめだ。
越後屋様は、アナテスが喋ったせいで腰を抜かしておる。」
その視線の先、テーブルの上では、花瓶が割れ、水が床へと、ぽたぽた滴っていた。
続きます
******************
新しい物語ですが、これまでのように、ハートやコメントで、応援頂けたら嬉しいです。
タイトルカット&リュネ姫:優音先生作画

