新市庁舎落成記念

開港以来一世紀、港都ヨコハマが日本の運命を
担って進んできた百年は近代日本躍進の源泉で
す。
この歴史ある港都に相応しい新庁舎がここに
完成したことは百三十万市民のご協力と関係各
方面のご後援の賜物と厚くお礼申し上げます。
この庁舎は前市長故平沼亮三氏が情熱を傾け、
一切の困難を排除し、企画立案し、建設にあた
られたことを忘れてはなりません。完成を見ず
して亡くなられた個人の霊に落成をご報告し、
合わせてご冥福を祈ります。
この新庁舎落成にあたり、心新たに明るい豊か
な皆様の生活を念願し、前進する横浜のため、
さらに微力を尽くしたいと存じますので、一層
のご協力とご支援を賜りますよう、説にお願い
する次第であります。
1959(昭和34)年9月12日 横浜市長 半井清

設計について
村野藤吾は当選案の事相概要に「庁舎と市会とは
市民広間をもって連結され、この広間は市民のた
めに開放されるものと考えられます。かくて、市
民と市当局との公的接触の場となります。また、
平面計画及び表現を通じて、所要の機能を満たす
と共に、努めて民主的にして、親しみをもつよう
に考慮せり。」と述べています。
建物について
外観は柱・はりの主要構造部分をコンクリート打
放し仕上げままとし、壁面を作る外装用タイルは
厚型のもので、あたかも、レンガ積みのような表
現であり、やや強い色彩を有する釉薬が施されて
います。所々のバルコニーと窓・壁が巧みに配置
されています。
特色といえる市民広間は二階建て一部吹き抜けの
大広間によって、左に庁舎の玄関、右に市会の玄
関をつなぐ構成で、前面に幅50m、高さ7mにおよ
ぶ大レリーフが展開しています。
このレリーフは彫刻家辻普堂氏(京都市美術大学
教授)による10種類の特製タイルを用いた抽象作
品で、市民広間の性格と相まって注目を引くもの
です。この広間から特徴ある階段によって二階の
主要な室に通じています。この市民広間は各種の
催しに使用でき、市民に開放されて広く利用され
るでしょう。
屋上には鉄塔が漁網を干した形状でそびえ、その
先端は地上55mにもなります。この塔に「愛市の
鐘」が吊るされています。なお、拡声器設備に
よって特色あるメロディーが朝、昼、晩と市民に
送られる。



●市長室


この鐘は市費と婦人団体、その他有志の寄付
金で造られ、市庁舎屋上の鉄塔に吊下げられ
ています。この鐘は朝には市民の生活の喜び
と意欲を奮い起こす「勤労の鐘」の音を、正
午には懐かしい「市歌」の一説を、夕べには
次代の横浜を担い立つ青少年の健やかな自立
を祈る「愛の鐘」のメロディーを伝えていま
す。



1891(明治24)年5月15日佐賀県唐津市生まれ
八幡で育つ。福岡県小倉工業学校機械科卒業、
八幡製鉄所入社。その後、早稲田大学工学部
電気科に入学するが、建築の道へ進むことを
決心し、同大学工学部建築科に移る。
1918(大正7)年、大阪の渡邊建築事務所入所、
様式建築を学ぶ。
1919(大正8)年に論文「様式の上にあれ」を
発表。日本綿業会館(大阪、登録有形文化財)
を担当した。
1929(昭和4)年独立し、村野建築事務所を開
設。
1931(昭和6)年、森五商店東京支店は当時
訪日していたブルーノタウトからも高い評価
を得た。
・シャープなモダニズム~そごう百貨店など
・落ち着いた和風建築~都ホテル佳水園、なだ
万山茶花荘など
・祈りの場としての神聖な建物~世界平和記念
聖堂、宝塚カトリック教会など
300を超えるその作品は多種多様な表情をみせ
ながらも、豊かな表現力で「ぬくもりを感じら
れる建築」を創作し続けたことは共通していま
す。1984(昭和59)年11月26日に93歳で没する
当日まで、鉛筆を離さず仕事を続けていました。
1954(昭和29)年に手掛けた広島の世界平和記念
聖堂は2006(平成18)年に戦後の建築としては
初めて重要文化財に指定されています。
レリーフ「海・波・船」
村野藤吾のコラボレーターとしても知られる
彫刻家辻普堂の作品で、かつては「市民広場
の壁面」を幅50m、高さ7mの巨大なレリーフ
が大胆に彩っていました。
辻普堂は「陶彫」と呼ばれる陶品でつくる彫刻
の第一人者として知られ、大阪の新歌舞伎座や
米子市公会堂、日生劇場、早稲田大学旧33号館
など、村野藤吾との様々な作品でのコラボレー
ションが知られています。

旧市会棟、本会議場の天井レリーフ
七代目横浜市庁舎の市会棟本会議場の天井を飾っ
ていた「鳩とオリーブの枝」をモチーフとした
レリーフで、彫刻家須田晃山の作品を3Dスキャ
ンして、1/10に縮小復元したものです。


このさきゆくさき 白石普、吉永美帆子
泰山タイルの廃材を用いて、新たに制作され
た作品です。「旅の玄関口」と「横浜市の花
バラ」を表現しています。



愛市の鐘
鐘の表面には横浜市の徽章である「ハママーク」
を掲げた黒船が描かれており、人間国宝の鋳金家
香取正彦の作となっています。この鐘を吊るすた
めに七代目市庁舎屋上に設置された鉄塔は漁網を
吊るした形を模しており、この地が魚市場であっ
たことを伝えようとする村野藤吾の心意気を感じ
させるデザインとなっています。横浜開港百年記
念として、1959(昭和34)年4月に造られました。


●平沼亮三は新市庁舎に落成直前に亡くなり、
新市長室の椅子に座ることはできません
でした。新しい椅子に座り、横浜の発展
を願い仕事をしたかったと思います。
