眠れぬ夜はひとり鏡の前で
深夜2時近く、眠気が一向に訪れず痺れを切らしゆっくりと布団から出る。
隣で眠る夫を起こさぬよう、そっ…と忍ぶように洗面所を目指す。
鏡の前に立ち、服を脱ぎ、下着姿になり小さく溜め息をひとつ。
さぁ、心許なくも楽しい遊びを始めよう。
期待に弾む心と裏腹に微かに震える手。
角度と勢いが大事。
恐れていては獲物を逃す。
さあ、大きく開いて、垂直に。
勇気を出して……!
ショキ…ショキ…(小豆をとぐ音じゃないよ)
ショキン!!
はー!気持ち良い!!
髪に思い切って鋏を入れる、この高揚感と爽快感。
眠れぬ夜は髪を切りたくなる。
始まりはコロナ禍。
ステイホーム推奨中、セルフカットの動画をよく目にするようになり試してみたくなったのがきっかけ。
前髪だけならまだしも、後ろはどうやって?
そこで登場するのがキッチンクリップ。
後ろ髪を切りたい長さに合わせてキッチンクリップで挟んでから切るとうまくいくのだ。
今回は顎下まで伸びた切りっぱなしボブを、リップラインのミニボブに。
後ろは自然と内巻きになるように中側を梳く。
前髪は左右を分け、中央部分を黒目の幅まで切るよう気をつければ失敗しにくい。
薄めのシースルー前髪の方が今っぽいのかもしれないけど、少しレトロな雰囲気にしたかったので気持ち厚めに中央部分を取る。
手を動かすこと。ものをつくることが好きだ。
その、何かをつくりたい…の欲と同じカテゴリに
髪を切りたい…が入っているので楽しいからやっちゃう。
失敗するかもしれない、はたまた予想以上に気に入るかもしれない、そのハラハラ感とライブ感。上手くいった時のちょっとした達成感がたまらない。
切る前こそ多少緊張はするが仮に失敗してもお直しに行けば良いし、上手くいけばラッキーくらいの気持ちで気軽に楽しんでいる。
ここが重いかな。
ここの毛先が飛び出ているな。
微調整を繰り返し、さて、時刻はまもなく深夜3時を向かえるところ。
合わせ鏡で最終チェック。
よし。綺麗な内巻きのコロンとしたミニボブ。
スタイリングもアイロンを軽く通し、オイルをサッとつけるだけでいけそうだ。
しかし、片付けが億劫だ…。
散らばった髪の後始末に頭を悩ませるフリをしてひとり慌てて視線を鏡から床に落とした。
4番目が5番目か…定かではない。
合わせ鏡に映った自分の顔。
その顔が蒼白く歪んで見えた。
気が、した。
