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シェアハウスとうんと暗い洞窟

「ねえ、エリを知らない?」
 彼女は天井の扉から顔を出して言った。
「知らないね。そこら辺の本屋にでもいるんじゃないか」
 彼女は怪訝な顔をした。
「本屋? あの子に限ってありえないわ。感じの悪い人ね」
 彼女は乱暴に扉を閉めてどこかへ行ってしまった。
 僕は地下室の中にいた。そこで一日中本を読んだり、音楽を聴いたりしながら過ごすのが僕の人生のほとんどすべてだった。今読んでいるのは今まで3回は読み返したはずの小説だった。世界が滅亡しそうでしないという粋な物語だ。
 主人公が冷蔵庫を開けてバターを切らしていることに気付いたところで、僕もさっき彼女を怒らせてしまったことに気付いた。途端に集中力が切れる。
 僕は本を閉じて少しだけコーヒーの残ったカップを持ち階段を上って地下室を出た。
 一階のリビングには誰もいなかった。彼女はエリを探しに行ったのだろう。庭に繋がる窓が開けっぱなしになっていて心地よい風が部屋に吹き込んできていた。
 ちょうどコーヒーを温め直していたところに誰かが帰ってきた。エリだった。
「ねえ、マリを知らない?」とエリは言った。
「あっちも君のことを探してたよ。本屋にいるんじゃないかって答えておいたけど」
 エリは怪訝な顔をした。
「なんでそんな嘘を言ったのよ」
「嘘なんか言ってないよ。僕はアイデアを出しただけさ」
 エリは肩をすくめた。
「感じの悪い人ね。あんなところにずっと籠ってるからいけないのよ」
 そう言ってエリはマリを探しに出て行った。
 僕らはこの辺鄙な街にある素朴なログハウスでシェアハウスをしている間柄だった。僕らというのは、僕とマリとエリと、そしてもう一人の陽気な男のことだ。彼は半年前に突然マダガスカルに行くと言って出て行ってしまった。
 ログハウスは地下を含めて2フロアの造りになっている。僕は基本的には地下室にいて、他の3人は一階にそれぞれの部屋を持っていた。
 一応一階にはもう一つ空き部屋があった。なのにわざわざ地下室を選んだ理由については、長くなりそうなので割愛させてもらうことにする。
 そんなわけで僕は風呂、トイレ、歯磨き、食料調達の時と、あと料理をする時以外は地下室に籠っている。別に他のメンバーと仲が悪いわけではない。
 無事にコーヒーも淹れなおせたので自分の部屋に戻ろうと思ったのだが、あまりにも心地よい風が吹いていたので少しリビングで過ごすことにした。
 四人は余裕で座ることができるであろう広々としたソファに久々に腰を下ろす。数か月ぶりに日の当たる部屋で飲むコーヒーはさすがに格別と言わざるを得なかった。
 そうやってくつろいでいるところにマリとエリが帰ってきた。
「あら、こんなところで一服なんて珍しいじゃない」とマリは言った。
「セロトニンの不足を感じてね」
「あと半年はそこに居続けないと足りないわよ」とエリが言った。
「そういえば、」とマリが玄関から一枚のはがきを持って戻ってきた。それはマダガスカルに行くと言って出て行ったアキラからのはがきだった。
 はがきには海パンにサングラスといった姿で外国人たちと写り込んだアキラの写真が載っていた。そしてその下に「マダガスカルに行くつもりがマルタに来てました!」とマヌケな字で書いてあった。
「あきれるわね」とマリが笑って言った。
 エリは眉間にしわを寄せて「そもそもマダガスカルもマルタもいったいどこなのよ」と言った。「それより、」とエリが思い出したように言った。
「この前のパエリア、あれどうやって作るの? 教えてよ」
「そうだな、まずは地下室に数か月籠って、それから、」と僕が言ったところでエリがそれを遮った。
「ねえマリ、ほんとに意地悪だわこの人」とエリがため息をついて言った。
 そしてはがきを見てマリが言った。
「この人帰ってくる気あるのかしら」
「アキラは帰ってくるよ」と僕は言った。
「どんな冒険家にもホームは必要なんだ」
「何よ、わかったようなこと言っちゃって」とマリは言った。
「あなた、アキラとそんなに仲良かったかしら?」とエリが訝しげに言った。
「親友だよ」と僕は答えた。

 そのとき、突然インターフォンが鳴った。

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