知らなかった世界 #1
───介護の現場で見てきたこと───
「跡がつかない手足の縛り方」
それが、私がその職場で最初に習ったことだった。
介護の仕事をしている方の何%が、精神科に関連する施設で働いたことがあるのだろうか。
人権、尊厳、寄り添う、傾聴——そんな言葉がほぼ存在しない場所を、私は見てきた。
30年くらい前、「福祉の仕事に興味ある人募集」というチラシを見つけた。応募して、福祉施設の見学や簡単な仕事に参加したのは、私を含めて3人。当時は施設が県に数カ所しかなく、「ここで見たことは人に言わないように」と念を押された。
その施設では、子どもの障害者施設に高齢者が暮らしていた。預けた親が亡くなったり病気になったりして、引き受ける場所がないまま高齢になってもそこで過ごしている人たちがいた。
屋上には、コンクリートでできた2畳ほどの、鉄格子がはまった箱のような住居があった。「今は使っていないが、昔は暴れる人をここに入れていた」と説明を受けた。今は無い、と聞いたけれど——少し前まではあったのだろう。
ボランティアで見た、もうひとつの世界
離婚を機にこの業界に入った私は、就職前にさまざまな施設を見学・ボランティアしに回っていた。
児童相談所で臨時勤務していたとき、先生方に連れられて自閉症の子どもたちが暮らす寮と、精神疾患のある子どもたちの施設を訪れた。
自閉症の男子の部屋には、ほとんど何もなかった。壁には穴がたくさん空いていた。遠くからお辞儀して挨拶してくれた男性職員の顔には、殴られたような青い痣があった。
精神疾患の方が暮らす施設では、ちょうど昼食の時間だった。静かに食事をするホールの中に、電話ボックスを大きくしたような箱があった。その中で1人、食事をしている人がいた。「他の人と一緒に過ごせない。音が駄目だから」と説明を受けた。
知らない世界。そんな場所があるんだ——そのときはそんな感じだった。
「ホテルみたい」と思ったその場所は
引っ越しをきっかけに転職することになり、介護付き有料老人ホームの募集を見つけた。面接当日、エントランスを歩くと思わず声が出た。花がいっぱい、広々した空間、静かで美しい——まるでホテルのようだった。
そこは、精神科の病院だった。
募集は、病院が抱える老人ホームへの採用だったが、働き始めてまず連れて行かれたのは病棟だった。そして最初に習ったのが、あの「縛り方」だ。
監査の日だけ変わる「日常」
普段は食事以外ベッドに縛り付けられて寝かされているのに、市の職員が監査に来た日だけ、全員が大きな部屋に集められ風船バレーが始まり、体操と歌が続いた。監査員が帰ったあと、すべては元の日常に戻った。
「同じじゃない」と言い切った日
1週間後、事務所に呼ばれて雇用契約を結ぼうとすると、「病棟」と書いてあった。「募集は老人ホームでした。見てもいないのに病棟はおかしい」と伝えると、事務長は「病棟もホームも内容は同じですよ」と言った。
同じじゃない。私はホームを見せてもらい、「こちらで働きたい」と言い切った。そしてホーム勤めになった。
VIPと、一般と
その施設には、3つの棟があった。真ん中の棟は別名「VIPエリア」。院長先生の親戚や、比較的穏やかな方が暮らすエリアだ。夜、檜風呂に時間をかけてお湯を張り入っていただく。また、介助が必要なVIPには大判タオルで体を隠しながら高級なシャンプーで丁寧に洗う。約2時間午後から一人だけの入浴時間、まるでエステサロンのようなだった。
一方、一般の方はデイサービスで入浴。個室に2人入れることを家族に「お金が浮きますよ」と勧める。1棟50人のところに60人が暮らしていた。
そして、3つ目の棟——そこは二重扉で、外に出られないようになっていた。
※今は、変わっていると思う。少しずつ変わってきていると思いたい
次回は、その二重扉の向こうで起きていたこと
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