ガラスも紙も石鹸も。文明を支える塩と、人間の細胞を調律する塩の違い
≪写真:自然と工業(熊本)・・・もとは塩田≫
おはよう。阿久根の仕事場で、窯から立ち上る真っ白な湯気と対話しながら、今日も大らかに木べらを動かしておる塩爺じゃ。
さて、阿久根の塩の歴史についてお話ししたけれど、ここでひとつ、みんなに知っておいてほしい大切な「すみ分け」のお話をしておこう。
よく「純度99%以上の精製塩(NaCl)は体に良くない」なんて極端な言い方をする人がおるが、ワシはあの技術と純度の高い塩を、心から尊敬しておる。なぜなら、純粋な塩化ナトリウムというものは、現代の工業文明を陰で支える「絶対になくてはならない巨大なインフラ」だからじゃ。
例えば、パイプなどに使われる「塩ビ(塩化ビニル)」だけじゃないぞ。純度の高い塩(NaCl)を電気分解することで、ワシらの身の回りにある様々な製品が作られておる。
ガラス(窓ガラスやビンの原料)・石鹸や洗剤(汚れを落とすカセイソーダの原料)・紙・パルプ(本やノートの紙を綺麗に漂白する)・衣服の化学繊維(アクリルやポリエステル等の製造工程)・医療用の生理食塩水や消毒液(極めて精密な純度が求められる)
どうじゃ? 窓ガラスも、毎日使う石鹸も、読んでいるノートも、病院の輸液も、すべて「純度の高い塩」という化学のインフラがあったからこそ、現代のワシらは豊かで清潔な暮らしができておるんじゃな。だからこそ、ワシらは「用途のすみ分け」を正しく知らなきゃいかん。
「文明を支える、食べない塩」は、純度100%に近ければ近いほど、化学反応が安定して素晴らしい工業製品になる。 だが
「生命を調律する、食べる塩」は、話がまったく別なんじゃよ。
ワシら人間の細胞や血液は、太古の昔から「海のミネラルの黄金比」をそのまんま抱えて生きている。カリウム、マグネシウム、カルシウム、そして微量元素……これらが揃って初めて、細胞は正しく息をし、血がスムーズに巡る。
科学技術が作った「純粋なNaCl」で文明を豊かにしつつ、人間の身体には、自然の海が育んだ「ミネラルたっぷりの適塩」をそっと満たしてあげる。
このふたつを正しく使い分けることこそが、現代を賢く、健康に生きるための本当の知恵なんじゃよ。
今日も技術への感謝と、生命の調律に深く思いを馳せながら、阿久根の窯からあがった最高の結晶を、大らかに美味しくいただきます。
