運命ってディスティニー?
頭痛が痛いみたいなタイトルですが、
〝サハラ砂漠〟もサハラが「砂漠」の意味なんで
〝チゲ鍋〟が「なべなべ」なのも頷ける。
だから現地に行った日本人が
「めっちゃ砂漠やんけ😱」と思った結果と思われるのだ。
と言うのは7/13日渋谷SHOCKでいろんな事がストンと腹に落ち、深い納得を得れたからだ。
なんはなパーティーの様子は他の方々のをお読み下さい。
その日コニシ課長は
「楽しい事を迷わずし続けてそのたびに新しく刷新し常連さんのみの場にはしない」と力強く話されました。
余談ですが、私はポップさんのがイニアシチブを握っていると感じましたw
かためる愛でなく拡がる愛なのだ。
路地裏の門を広く開け続けたら路地表になるのだろうか?
後、その日は関東に台風が近づいていましたが、路地裏の変人が〝路地っく砲〟で蹴散らしました。ウソです。
その前に靖国神社に寄り英霊になった叔父に感謝し、新宿で迷子になりかけ辿り着いたのだが何か総てが上手いこと行っていたと思うのは思い過ごしだろうか?
介護の仕事をしているのは偶然何だろうか?との想いに囚われたのだ。
3Kとか言われてた時代もあった。故に現場の士気は低く、命を扱うのに知識も足りない。
所謂、普通の資本主義社会からはみ出した弱者が弱者を下にみる世界があった。
今は改善されているが、当時に建っていた施設の拘束具や内モケットの閉じ込め部屋などがまだ残っている所もある(使用はされてない)
私は自分と介護の接点を思い出した。
離婚して不貞腐れていた頃に先輩とタクシーを拾って飲みに行く事になった。
今でもよく通る幹線道路の歩道をヨレヨレのおじいちゃんが買い物袋を下げて渡っていた。
歩道の信号が点滅している。
おじいちゃんは脚が悪く引き摺っており、悪臭を放ち誰も近寄らなかった。
何故そうしたのかは未だにわからないが、せっかく拾ったタクシーから俺達は飛び出し、おじいちゃんの元へ駆け寄った。
周りに大きく頭を下げ車を止めながらおじいちゃんの手と荷物を持ち 行こうとしていただろう団地へ連れて行った。
おじいちゃんは声にならない声で泣いていた。
独居のおじいちゃんは自分の部屋を指差し何度も拝むフリを繰り返した。
その間先輩は隣の部屋の人に無事を伝えていた。
まあ隣に住んでるだけで迷惑なのは理解できるのだが…。
えっ!マヨさんにもそんな仏性が?と思った人は正解です。
幼き頃より憧れていたのは

「半分顔出てるやんダッサー」と思った人は侘び寂びを知らない様なので金閣寺じゃなく銀閣寺に行って下さい。
少しはわかるはずです。
めちゃくちゃ強いヒーローがめっちゃ強い力で敵を倒すのは私的には〝当たり前やん?〟との見解で、そら全身サイボーグとか強くないとアカンし
方向が変わればその正義の思想は悪そのもの。
それを石ノ森章太郎先生は作品に込めていたと心で知っていた。
今回は知識が後のバージョンだ。
ライダーマンは右手以外は生身だ。
それなのに強い!
明らかに他のライダーより劣っているのに不屈の精神で子供達を守るのだ!
強い弱いじゃない、やるか?やらないか、
「不撓不屈」とは負けないことではなく
何度でも立ち上がる又は立ち上がれる思いを持続する意味。
そんなライダーマンになりたかったのだ。
?
あれっ?
その理屈じゃ私ライダーマンになれてるんじゃないか?
高齢者助けてるしバイク乗ってるし、
右手にロープアーム着けたらライダーマン完成!
じゃね?

おじいちゃんを見て〝こういう人が独りで居る〟とか小さな互助が社会をより良くするという事ですが、その人それぞれ〝その時期〟が来ないと気付かないのです。
自分は被害者だからウダウダ文句言う権利があって〝してやってる〟や〝自分ばっかり〟など自身を貶める思いで繋いでいるのは自分です。
確かにお金が無いと心配だし、能力の無い人と思われ
がちですが、人生本当にしなくてはならない事は他者を敬い、楽しませ、いっしょに笑って助け合う事の方が大切なのですが、私自身それに気付くのに25年かかりました。
今は続けて解けるパズルの様に心が喜んでいる気がします。
何とも乱雑な文章になってしまったが、路地裏の皆さんはとても気持ちの良い住人でしょうね。
私もどんどん新しい方の作品にコメント残していきたいと思っています。
決して私は宗教家でも変なスピリチュアルの人ではないです😁😁😁
