【掌編】月明かり、北の孤狼推し参る(土方散華)
唯、想い故に北の蝦夷地に立っている。
5月の函館、ソメイヨシノをまだ冷たい海風が裂く。その間からは宮古湾が見える…
旗艦開陽丸を失い海戦では甲鉄艦のアボルダージュに失敗した。
このままでは宮古湾から五稜郭は艦砲射撃の的だろう。
銃器や砲の進化に時代が追いつかないのか戦術も変動している。
幕府軍の…いやもう幕軍では無い、鳥羽伏見で大将が江戸に逃げたのだから…
土方歳三は思う
榎本脱走艦隊…上等じゃねぇか!
しかし、旧式のゲベール銃ではミニェー銃に飛距離も正確性もてんで敵わないのだからケンカにもならねぇ
おまけにアームストロング砲やガトリング砲などまったく話にならん。どうしたもんか…
土方は後ろに気配を感じ振り向かず静かに愛刀
和泉守兼定の柄に手をかけた。
「副長!あっ?また副長と呼んでしまいましたなハッハ!」
大柄な身体で武骨な男…島田魁は独り言た。
「…いいさ、奉行並みなんて俺には似合わん」
そう言って土方歳三は鞍に身体を預けた。
「切り込みしか無い!いつも通りだな…」土方は傍らの島田にも聞こえない様な声で呟いた。
違えぬ想いを胸に孤狼は北の大地に立っていた。
時代に否定された孤狼は血塗れで北の大地で最後の牙を研いでいたのだ。
思えば初めから負け戦の連続だった。
大将である将軍慶喜は勤王派で錦の御旗に砲撃する事が出来ず徳川譜代の部下達を捨て江戸に逃げたのだ。数で勝っていようと勝てる道理は無い。
盟友近藤は勝海舟に名前だけの甲陽鎮撫隊という部隊を預かり江戸から離された。
試衛館からの仲間は散り散りになり近藤は板橋で晒し首になった。
土方は上野、会津と転戦し宮古湾では敵船拿捕も敢行したが失敗した。
いつまでも「武士」として生きたかった近藤は新政府軍を信じ投降したのだ。
京都で薩摩や長州の要人を切りまくり
(壬生狼)と蔑まれた新選組だ。
近藤の顔を知っており恨みを持っていた奴等も多いだろう。
元新選組脱走隊士でもおかしくない。
(刀の中子が血で腐る)程の苛烈な血の粛清の嵐、混乱した京都の治安を護るには必要だった。
京都の日々…鬼の副長と呼ばれた頃の上がる感覚…
未練だな…
土方は振り向くと
「島田ぁ…敵の戦艦見初めてるんじゃねぇよ、報告だろ?」
同じ様に敵の甲鉄艦を見ながら土方は言った。
「…わはは!そうでしたわ!」頭を掻きながら巨漢の島田は姿勢を律し報告を行った。
「新選組隊士が残る弁天台場が襲撃を受けました」
砲の飛距離で劣る旧幕府軍は砲撃が当てれる台場の死守は必須。
すらっ…
聞いた土方は馬上で抜刀、敵の戦艦を刃の向こうに見る。
島田はその気迫に硬直する肢体を感じるが報告を続けた。
「一本木関門に敵兵が集まりつつありますな」
土方は聞きながら思う。
そうだ!俺は武士ではないよ、近藤さん。
喧嘩だぜ!
あるもんは全部使って相手を組み伏せる、日野でずっとやってきたことじやねぇか、何にも変わらねえさ…
夜…土方は自らお抱えの小姓を集め指示を与える。

「…市村、お前には1番辛い役目を与える。」
土方は口を開いた。
みんな尊敬する土方先生を前に緊張していたし生きる場所を与えてくれた恩人に憧れていた。
家族に一族に幕府に捨てられた弱き生命…
戦災孤児として野犬の様に生きていたのだ、土方の強さは新政府軍への怒りと簡単に同調していた。
一言一句聞き逃すまいとしていた市村鉄之助に土方は言った。
「日野の佐藤家にこれを届けてくれ」
土方は鉄之助の前に写真、遺髪、兼定を置いた。
「今直ぐ発ってくれ、もうすぐ砲撃があるやも知れん、弁天台場が落ちれば五稜郭は危うい。」
ガタッ!
「…なれば私達でも役に立つ事が…」
土方歳三はそれを制した。
市村鉄之助は思う。
函館に来てからか土方先生の笑顔が増えた様に思えるのだ、それは春の月の様に暖かい…
「…なあ鉄之助…お前にはまだわからないと思うがお前等が生き残り伝えたなら俺の喧嘩は勝ちなんだ」
いつの間にか涙が顔を覆っていた。
みんな嗚咽していた。
みんな土方先生との永遠の別れを感じていた。
「…それでも一緒に、せめて一緒に!…」
鉄之助がやっと出せた一言に土方は言った。
「…てめぇらは榎本武揚の軍では無くこの土方歳三の私兵だ、即ち新選組だ。」
「そこの副長の命令が聞けないならそれは士道不覚悟で切腹を申し付けるしか無い」
みんながむせび泣く中、鉄之助は思った。
これは土方先生の喧嘩で俺たちのものでは無いということなんだろう…逃げるのでは無く自分の喧嘩をしろと土方先生は最後に教えてくれたんだとそう思ったのだ。
「他の者は榎本武揚に従って欲しい、時代は変わる!だが新選組が抗った事実は後世に残る!」
その時扉が開いた!
「副長!弁天台場が遂に包囲されました!」
島田魁が叫ぶ!
新しい刀を携え土方は走る、
「鉄之助!頼んだぞ!」
洋装でブーツ、フランス式の軍服しかし、銃器は持たない。
今より死地に入るのだ!
そんな漢に我等若輩者が行って盾になるなんぞ土方先生の生き方や誇りを汚す事に他ならない。
でも、でも、鉄之助は最後に叫んだ!
「…先生っ!」
土方は半身で耳を傾ける、
「…生命に代えても必ずお届けしますっ!」
先生の顔は見えなかったがその表情を見た島田さんがニヤリと笑ってこっちを見た。
それが最後の姿だった。
明治2年、包囲された弁天台場の新選組隊士を救出する為に土方歳三は一本木関門に居た。
島田魁ともはぐれ単騎だった。
独りで関門突破を敢行するのもありだな…
喧嘩は何でもありだからな…
アボルダージュと一緒だ…
剣なら負けねぇんだがな…
一本木関門が近づく…遠くから撃つばかりで卑怯な奴等だぜ…
刀で殺傷するその理由も責任も無く誰でも人殺しになれる時代なんざごめんだぜ…
なぁ近藤さん、総司…
上は蒼天、地は血みどろ。人は理由もわからず殺し合う。
馬上の虎狼は北の大地で想う。
「…上出来かな」
「そこの士官!所属を言え!伝令か!」
同時に敵からの多くの標準を感じる。
「…新選組副長!土方歳三 まかり通る!」
響く銃声は虎狼を貫きひとつの時代を終わらせた。
明治2年、5月11日 新選組副長として
土方歳三散華
享年35才
その遺骨の場所は未だ不明である。
