映画評25 怪傑作『チェンジリング』(上)
1 2焦点的「女性映画」
クリント・イーストウッド監督の『チェンジリング』(2008)は、1920年代後半にアメリカで起きた、ゴードン・ノースコットによる連続少年誘拐殺人事件を題材にしている(以下、ネタバレあり)。
いわゆる実話ベースの映画だが、警察と殺人鬼ゴードン・ノースコットの闘いは、前景化されない。
事件の被害者の一人であるシングルマザー、クリスティン(アンジェリーナ・ジョリー)の闘いが焦点となる。
そしてクリスティンは、裁判でゴードン・ノースコットに対峙する前に、腐敗したロサンゼルス市警察と闘うことになるが、こうした、いわば2焦点的な物語の設定にも、イーストウッドの非凡な創意がうかがえよう。
2 取り替え子の怪
ーークリスティンは有能な電話交換手として働いていたが、ある日帰宅すると、9歳の息子、ウォルターの姿が消えていた。動転した彼女は、ロサンゼルス市警察に捜査を依頼する。
その5ヶ月後、クリスティンのもとに、ロス市警のジョーンズ警部(ジェフリー・ドノヴァン)からウォルターを保護したという連絡が入る。
が、駅のホームでクリスティンが対面した少年は、ウォルターとはまったくの別人だった。クリスティンはそのことをジョーンズ警部に訴えるが、聞き入れられない。
ジョーンズ警部は、警察の手柄を記者たちにアピールしたいデイヴィス本部長(コルム・フィオール)のイエスマンであったが、デイヴィスは、再選を目指すクライアー市長(リード・バーニー)の意向を受け、ウォルタ-失踪事件を早急に「解決」しようとしていたのだ。
(アメリカの市警察は市長直属の組織。)
それゆえジョーンズは、警察の面子(メンツ)を守るためにも、自身の功名心のためにも、その少年がウォルターであることを認めるよう、クリスティンを説得する。
(この「替え玉作戦」はもとより、警察が仕組んだ組織ぐるみの芝居であったが、「チェンジリング」とは、文字どおり「取り替え子」のこと。)
クリスティンは、その場ではジョーンズに従い、いったんは少年を連れて帰宅するが、やがて、少年の身長がウォルターより7センチ低いことや、ウォルターが通院していた歯科医の診断記録や学校の担任の証言により、少年がウォルターではないことを確信し、それをジョーンズに伝える。
だが、ジョーンズは当然ながら、クリスティンの訴えに取り合わない。
あまつさえ、警察の御用専属医ター(ピーター・ゲレッティ)に「医学的」な診断書を作らせ、少年がウォルターであることを公(おおやけ)にして、事件の幕引きを図る。
そんななか、警察の不正を追及しているブリーグレブ牧師(ジョン・マルコビッチ)が、クリスティンに協力を申し出て、彼女が入手した複数の証拠を記者たちに渡そうとする。
しかし卑劣なジョーンズは、クリスティンが「自由を手に入れようと育児放棄しようとしている」、などと詭弁(きべん)を弄し、彼女を、「現実=警察が認定した事実(!)を把握できない偏執病、被害妄想を病んだ異常者」として、精神病院の隔離病棟に監禁してしまう。
(このジョーンズの行為は、冤罪(えんざい)に近いものだ。)
こうしてクリスティンは、捜査ミスや職務怠慢を隠ぺいしようとする警察によって、窮地に立たされるが、息子の生存を確信する彼女は、粘り強く、困難な状況を打開しようとする。
3 ゴードン・ノースコット事件
不正が横行するロス市警にも、気骨のある敏腕刑事がいた。たとえば、ヤバラ刑事(マイケル・ケリー)である。
ヤバラ刑事が、不法入国者の15歳の少年クラークを拘束してカナダに強制送還しようとした際、クラークは、従兄のゴードン・ノースコット(ジェイソン・バトラー・ハーナー)に強要されて少年たちの殺害に関わったことを告白する。
そして、クラークの供述により、ノースコットがおよそ20人の少年たちを誘拐して殺害したことや、さらにその犠牲者の中にはウォルターと思われる少年も含まれていることが判明する。
それはむろん、ジョーンズやデイヴィスにとっては不都合な真実であったから、ジョーンズはヤバラに、捜査の中止を命じる。
が、ヤバラは命令を無視して、犯行現場の養鶏場に向かう。そして、ヤバラはそこで、犠牲者の複数の人骨を発見する。
(殺風景な養鶏場は、全編を貫く、イーストウッド好みの、極端に彩度を落とした黄土色の映像で撮られるが、ヤバラ刑事の視点からの「主観ショット」の挿入も、そのシーンの不吉さを強く印象づける。)
かくして、ジョーンズらの思惑に反して、ゴードン・ノースコットは指名手配され、逃亡先のカナダで拘束され、ロサンゼルスに送還されるが、こうしてみると、ヤバラ刑事は、はからずもクリスティンの強力な助っ人になったわけだ。
むろん、ヤバラ刑事やブリーグレブ牧師の行動によって、クリスティンは腐敗した警察と果敢に闘うことができたのである。
(それは圧倒的に非対称な力関係における闘いであったが、「下」で述べるように、後半ではもう一人、クリスティンの頼もしい助っ人が現れる。)
ちなみに、クリスティンの登場しない一連は、比較的短く描かれるが、本作が彼女を「主語」とする「女性映画」であるゆえんだ。
(「下」に続く」)
■補説
禁酒法が施行されていたアメリカの1920年代後半は、『チェンジリング』でも描かれるように、警察組織の少なからぬ部分が腐敗堕落しており、市民の間に不信感を広げ、警察の権威を失墜させ、社会不安を増大させていた。
ブリーグレブ牧師がクリスティンに言うように、ロス市警の一部はギャングと密接な関係をもち、彼らの犯罪を黙認したり、手助けしたりしており、多くの警官や市長が、酒の密売、賭博、売春から賄賂(わいろ)を受け取っていた。
さらに、ブリーグレブはこう語るーー「荒くれ警官50名が機関銃で武装し、「狙撃班」を結成し、敵対する者たちを撃ち殺した。彼らには、法律、裁判、尋問、取り調べも無縁だった。彼らの目的は「犯罪者」の一掃ではない。「競争相手」を一掃することだ」。
これは、警察組織の一部が、無法地帯の「自警団」に近い集団と化していた、ということでもあろう。むろん「自警団」とは、イーストウッドが一貫して執着しているモチーフである。ただし、そうしたギャング化した腐敗警官たちには、自分たちが「正義」を執行しているという信念は稀薄だったと思われるがーー。
いずれにせよ、『チェンジリング』が描く「取り替え子事件」の背後では、法執行機関である警察の機能不全という、恐るべき事態が起こっていたのである。そして、こうした警察のダークサイドはーーアメリカ一国に限らずーー、こんにちでも完全に消滅したわけではあるまい。
なお、法や正義を体現するはずの警察の腐敗を扱った映画は少なくないが、そうした物語/モチーフを描いた映画の中でも、本作は抜きん出た出来栄えを示している一本だといえよう。
●悪徳警官ないし警察の腐敗を描いた映画ベスト 11 (製作年順)
1 『不審者』(ジョゼフ・ロージー、1951)
2 『ビッグ・ヒート/復讐は俺に任せろ』(フリッツ・ラング、1953)
3 『悪徳警官』(ロイ・ローランド、1954)
4 『黒い罠』(オーソン・ウェルズ、1958)
5 『ダーティハリー 2』(テッド・ポスト、1973)
6 『刑事マルティン・ベック』(ボー・ウィデルベルイ、1976)
7 『ガントレット』(クリント・イーストウッド、1977)
8『その男、凶暴につき』(北野武、1989)
9 『マイノリティ・リポート』(スティーブン・スピルバーグ、2002)
10『チェンジリング』(クリント・イーストウッド、2008)
11『アウトレイジ ビヨンド』(北野武、2012)
