あの白いグランドピアノのある場所の話
約13年前、私は上京してダンスの専門学校に通っていたのだが、「ミュージカルに出るのだったら、歌も勉強しなければならない!」と決意した。
専門学校の先生に相談すると、京成高砂駅近くの自宅でレッスンしている先生を紹介された。
当時私は、東京に来て苦手な部類に入っているダンスのレッスンについて行くのに必死。上京したばかりで友達も居ない。しかも、看護学校中退で自己肯定感もなく軽く鬱状態だった。
そこに、歌を習うなんてと余裕がないんじゃないかと少し思ったが、これが結果的に良かったと思う。
初めて先生に会った時、自分の今まで会ったことのないタイプの方で驚いた。
「Yukiのタイプに合うと思って紹介した」
専門学校の1番信頼していた先生が仰っていたので、大丈夫だと思った。
長年、先生を例えるならば誰に似ているだろうと考えていた。母には「白魔法が使える様な人」とか「貴族の様な人」といっていたのだが。
最近、映画「黒薔薇の館」をみて、この時の丸山明宏さんに雰囲気が似ていると思った。

出されたコーヒーのカップやお菓子の皿が高級そうで、少しお茶をしてから隣のレッスン場に移る。白いグランドピアノ、エレクトーンが並んで、ドラムなんかもあったと思う。
そこで、発声練習をして、コールユーブンゲン、コンコーネ、課題曲を練習していった。
8月の第一週の土曜日に発表会を公民館で行っていた。
ダンスの学校を卒業して、ただの販売員になってからは1年に一度、舞台化粧をしてドレスを着て歌う特別な日になった。

この時に沢山の歌を知ったと思う。
「モーツァルト!」「ウィキッド」、ムーランの「リフレクション」、ポカホンタスの「カラーオブザウィンド」、イタリア語歌曲…
舞台を観たことないのに、曲だけYouTubeで見てひたすら練習していた。練習していないと先生に怒られて、どうしようって思ったことは何度もある。だけど、不思議と歌は辞めなかった。
先生が本当は優しい事を知っているからだと思う。学校で踊れなかった事、悔しい事があった事などレッスン前のお茶で話しを聞いて貰った。先生はただ聞いてくれて、時にはレッスン後に手作りのお菓子をくれたり、「元気になってね」と帰り際に一言言ってくれるだけで私は足取り軽やかに帰れた。ただ聞いて貰っているだけでも、気が楽になっていった。
バイト先に続き2番目の「学校からの逃げどころ」だったと思う。
発表会の前に曲が上手く歌えなくてどうしようとなってレッスンに行った事がある。レッスンに行った時に先生はピアノの練習中だった。私が教室に入っても気付かないくらいの集中力でピアノを弾いていた。よく考えると、先生は20人の生徒さんの歌の発表会をずっと伴奏している。伴奏の練習量は私の比じゃないと思う。いつも通りお茶を飲みながら、指を酷使しすぎて関節に水がたまり、病院で抜いてきたという話を聞いた。
先生がこれだけ真剣に向き合ってくれているのだから、私も中途半端な気持ちではいけないと思った。それからは、以前にも増して練習するようになった。
専門学校を卒業して、スーツの販売員になった頃も通っていた。先生に劇団を紹介して貰ったりしたけれども。多分、私は観ている方が何倍も幸せだと感じて就職した。販売員になった頃も、苦手な店長や皮肉な同期にあって中々上手く行かなかったが、先生に話しを聞いて貰って続けられた。歌は勿論だけど、先生の人柄が良かったからかも知れない。
私が妊娠してからは、片道1時間半かかるので行っていないが機会があれば、やりかけのコンコーネNo.46からレッスンしていきたい。
