夜の手紙|やりたいことはあったのに、身体が動かなかった夜へ
今日も一日、お疲れさまでした。
今日は、やりたいことがあった。
別に、大きなことじゃなかったのかもしれません。
少し部屋を片づけようとか。
読みかけのものを開こうとか。
外に出ようとか。
ずっと気になっていたことを、少しだけ進めようとか。
頭の中では、何度か考えていた。
「そろそろ起きよう」
そう思ったのに、身体はそのままだった。
ベッドの端まで来ても、そこから先へ行けない。
足を下ろせば床はすぐそこなのに、
今日はその短い距離が、妙に遠く感じる。
カーテンの向こうの光だけが少しずつ変わって、
気づけば部屋は夜になっている。
そんな日があります。
そして夜になると、動けなかったことよりも、
「どうして動かなかったんだろう」
という言葉の方が、大きくなることがあります。
あれもできたはずだった。
これくらいならできたはずだった。
時間はあったのに。
そうやって、一日の中に残っている空白を見つけては、
ひとつずつ数えてしまう。
身体はもう動いていないのに、
頭の中だけが忙しくなっていく。
本当はやりたかったからこそ、
できなかったことが余計に引っかかるのかもしれません。
何もしたくなかったわけではない。
むしろ、したかった。
それなのに身体だけがついてこなかった。
そのずれは、思っている以上に苦しいものです。
だからといって、
「今日は休めてよかった」
と簡単に片づけるのも、少し違う気がします。
やりたかった気持ちは、本当にあった。
できなくて悔しい気持ちも、本当にある。
その両方を無理に消さなくてもいい夜があってもいいと思うのです。
ブランケットの端を指でつまんで、また離す。
片方の足だけ布団の外に出ている。
灯りはついたまま。
カーテンの向こうは、もう青い夜です。
何かを始めなくても、
その景色は少しずつ静かになっていきます。
できなかった理由を、今夜のうちに見つけなくてもいい。
反省を終わらせなくてもいい。
ただ、
「どうして」
と何度も数えていた指が、
途中で少し止まるくらいでいい。
今日のことを許せなくても、
責める声までずっと鳴らし続けなくてもいい。
そんな小さな間を、この夜のどこかに残せたらと思います。
今回の曲には、**『床までの距離』**という名前をつけました。
ベッドから床までは、ほんの少しです。
普段なら何でもない距離。
でも、身体が動かない夜には、
そのわずかな距離さえ遠くなることがあります。
この曲では、その距離を無理に縮めませんでした。
主人公は、最後まで立ち上がりません。
何かを始めるわけでもありません。
ただ、最初より少しだけ指の力が抜けて、
部屋の小さな音が遠くなっていく。
それくらいの変化で終わります。
音楽も同じです。
背中を押すのではなく、
起き上がらせようとするのでもなく、
ただ同じ場所に静かに残るような曲にしました。
もし今夜、
やりたいことはあったのに、
身体が動かなかった一日を思い返しているなら。
何かを取り戻そうとする前に、
この数分だけ、数えるのをやめてみてもいいかもしれません。
床までの距離は、まだ遠いままでいい。
夜も、答えを急いでいません。
🌙 今夜の一曲
『床までの距離』
やりたいことはあったのに、身体が動かなかった夜。
できなかったことを何度も数えてしまう気持ちのそばで、少しだけ静かになるための音楽です。
今夜は、まだ何も変わらないままでも。
数えかけたものが、ひとつ途中で止まりますように。
